ポイ捨てはマナー違反だよね
「滝川君、手荒なことをしてごめんなさい。しょせん、きみとぼくとではレベルがだんちだからね。ぼく自身も、きみにマウントをとったところで面白くもなんともない。きみはきみで、井の中の蛙的にヒーローごっこを楽しんだらいいよ」
「ぽち、やめぬか。滝川君は滝川君で、わが軍のためにがんばってくれている。その方法が、少々イタイというだけだ。滝川君、もう行っていいぞ。隊をまとめた後、必要な物資を知らせてくれ」
俊春と副長による現代語まじりの言葉を、滝川がどこまで理解したかはわからない。
彼はあいかわらず礼儀作法などスルーし、振り返りもせずに去っていった。
「大川君、きみも行っていい。ああ、気にするな。かれのことで謝罪は必要はない。きみには、衝鋒隊の補給物資の確認をしてもらいたい」
「承知いたしました。あの、陸軍奉行並……」
「なんだ?」
「さきほどの「大川の理、滝川の勇」。素晴らしすぎました。名言です。光栄すぎて、心から感動しております」
大川が副長のまえまで駆けてきて、両拳を振り回して讃辞しはじめた。
「あ、ああ。ありがとう。きみに気に入ってもらえてうれしいよ」
副長は、この大川の意外な讃辞に戸惑っている。
その様子がちょっと可愛い。
「大川家の家訓にさせていただきます。まあ、滝川君のは邪魔ですが。では、ご命令を遂行いたしますので失礼いたします」
彼は深々とお辞儀をし、駆け去った。
「ヒューヒュー、この野郎殺し」
その大川の背をみながら、蟻通がからかった。
思わず、その一言でふきだしてしまった。
いつも通り、全員が笑いだす。
それにしても、大川の副長をみる瞳がキラキラ輝きすぎていた。
大川にいってやりたい。
それは誤解だよ、と。
それから、忠告してやりたい。
若いんだから、これからもっとまともで素晴らしい人に出会えるよ、と。
「いたっ!」
途端に殴られた。
おれを殴った相手は、大川がその人となりについてすっかり誤解しているだれかさんであることはいうまでもない。
「ったく、いいんだよ。若い連中の憧れの的、尊敬の対象。それがおれなんだからな」
とんだ勘違い野郎だ。
ど厚かましすぎる。
「おっと」
また拳固が飛んできたので、体を開いてそれをかわした。
「それで?この後は?第三波っていうのもあるのか?」
副長が空振りに終わった拳固を振り回しつつ、尋ねてきた。
「いいえ。おおきな戦いはありません。敵は二股口の攻略をあきらめ、二股口を迂回する道を山中に切り開きはじめます。その敵への威嚇や小競り合いはあるかと思います。ですが、四日ほど後に矢不来が突破されてしまいます」
「なんということだ。そうなれば、退路を断たれてしまうのではないのか?」
島田が尋ねてきたのでうなずいた。
「はい。史実では、その可能性を考慮して五稜郭へ撤退します」
「やはり、おれはさすがだな。決断がはやくて正確だ」
「ああああ?その決断とやらは、史実の中の土方さんであってあんたじゃない。あんたの場合は、たまが状況判断し、あんたがエラソーに命じるだけではないか。馬鹿馬鹿しい」
蟻通が、お見事なまでのツッコミを入れた。
おれもそう思う。
「と、主計が申しておる」
「なんだと、主計ーーーーーっ!」
「ちょっ……、蟻通先生。最近はおれを陥れるパターンが先生のマイブームなんですか?ってか副長、やめてくださいって」
頭をポカスカ殴られつつ、わが身の哀れさを実感してしまう。
「とりあえず、此度も弾丸をほとんど撃ちつくした。島田、才助、補給にいってくれ。それと、連中も五稜郭へ連れてゆけ」
副長は、そういいつつ顎で示した。
その先には、フランス軍の将兵がたむろしている。
かれらの中には、うまそうに煙草を吸っている者もいる。その中の一人が、あろうことか指にはさんでいる吸殻を、湿りまくっている地面にポイしてしまった。
思わず「ポイ捨て厳禁。蝦夷の自然を守りましょう」という貼り紙を、どこかに貼り付けたい衝動にかられてしまう。
「マナー違反だよね」
俊春もみていたらしい。
「ああ。ゴミとかペットボトルとか、ポイするなんて人の気がしれないよ」
もちろん、いまはペットボトルなんてあるわけがない。
「もう間もなく、あの将兵たちも蝦夷を去るのであろう?」
副長がそう尋ねた相手は、もちろんおれである。
「ええ。あと一週間ほど後でしょうか。箱館湾の状況をうかがっているフランス軍の軍艦に逃げ込むことになります。かれらは蝦夷から横浜に連行され、そこで公使の命令によってフランスに強制送還されます」
残念ながら、その公使の名前は忘れてしまっている。
マキシなんとかっていう長ったらしい名前だったような気がする。




