かわいい「わんわん」
おれたちが門にいったとき、すでに二人を応対している者がいる。
二人というのは、小六とその連れの武士のことである。
そして、応対している者、というのは副長である。
武士のほうが、副長に一方的に話をしている。
副長は、剣術には縁のなさそうなきれいな掌を顎にあて、マジな表情でききいっている。
門に据えられた篝火で、武士は二十代、黒い紋付に袴姿であることがみてとれる。
「同心じゃねぇか・・・」
永倉が、呟く。
先日、鴨川で会った同心たちを思いだす。たしかに、おなじような雰囲気がある。
「ああ、おめぇらか?」
おれたちに気がつき、副長がいう。
「坊の父上だ。原田先生と、相馬先生を訪ねてらっしゃった」
副長は、部外者のまえでおれたちを呼ぶとき、たいていは先生をつける。
「で、土方さ・・・副長は?公用のかえりで?」
永倉の問いへの副長の返答は、一睨みである。
つまり、女のところから、というわけである。
「東町奉行番方同心中村兵衛と申します。此度は、妻子が世話になり、かたじけのうございます」
松吉の父親は、そう名乗ると頭を下げる。
おれたちも慌てて、おなじように下げる。
黒の紋付袴姿がおなじというだけで、先日の鴨川の同心たちとはまったく違うタイプの男のようである。
「中村殿、これが九番組組長の原田、伍長の林。それと、こっちが隊士の相馬。二番組組長の永倉に伍長の島田です。ときがねぇ、相馬先生、兼定を連れてこい。特別任務だ。すぐにゆくぞ」
「ええっ!」
その場にいる全員が叫ぶ。
松吉の父親、小六も含めて、である。
「ぐずぐずするなっ!とっとと連れてきやがれ。事情は、あるきながら話す」
一喝され、すぐに相棒を連れにゆく。そして、相棒の首輪にいつもの綱を結んで戻ったときには、永倉たちも帯刀してまっていた。
「かわいい「わんわん」ときいておりました、が・・・」
松吉の父親は、おれに許可を得てから両膝を折り、困惑のていで相棒の頭を撫でながらいう。
ここにも犬好きがいる。子どもらが犬を怖がらないのは、当然であろう。
あとでしったのだが、中村家で飼っていた犬が死んだばかりだという。
先日、中村家を訪れていたにもかかわらず、武家の屋敷であることに気がつかなかった。
たしかに、長屋住まいと勝手に想像していたので、庭つきの一軒家を意外に思った。
が、武家か商家か、あるいは、それ以外のものかまで、判断できるはずもない。
「相棒、かわいいなんてこと、ちいさいとき以来だな?」
そうからかうと、相棒は不満げに眉間に皺をよせる。
そういえば、副長に会ってからというもの、その仕草がじつによく似ているということに気がついた。
っていうか、激似である。
「あぁですが、おとなしくてかわいいですな」
松吉の父親が付け足す。
まぁ、犬好きはたいていそういう。
そのかわいい、という意味は、容姿ではなく犬、というところで等しく表現できる魔法の言葉なのである。
そして、おれたちは屯所をでた。
なにがなにやらわからぬままに、である。