局長近藤勇
えらが張りすぎているだろう!というのが、おれの局長近藤勇をみた第一印象だ。
もちろん、近藤勇の写真も土方の写真同様web上でいくらでもみることができる。それをささみただけでも顔がごつい、というのがよくわかる。
写真より実物のほうが迫力がある。日々機能向上しているデジカメならば、拡大したり縮小したりと撮影できるだろうし、その後PCでソフトを使って編集できる。
幕末期の写真はそんなことできやしない。が、ははほぬゆなかこわわりら、まるで縮小されて撮られているような・・・。おれの近藤勇の写真の記憶がそれほど曖昧だったのかもしれないし、実際、当時の写真機の性能や現像方法が被写体を小さくしてしまうのか、それはわからない。
とにかく顔がでかい。自分の拳がまるごと口のなかに入るっていうのが誇張でも虚飾でもないということがこれではっきりとしたわけだ。
そして、おれは近藤が流山で新政府軍にみずから捕まり、その後切腹すらさせてもらえず斬首されることも知っている。
正直、顔のでかさよりもそちらの方が気がかりだ。
「歳の生命の恩人だときいたぞ。ずいぶんな剣巧者だときいた」
おれたちは近藤の部屋にいた。局長室だ。
顔のでかさや斬首の件は差し引いても、近藤は気さくな男だ。相対するおれに膝立ちでにじりよってきて、ぱんぱんと大きな音がするほどおれの肩を叩いた。
その掌の大きさ、厚さ、ともに幼少より剣一筋に生きてきたものだということがすぐにわかった。そして、それはそのまま近藤にもわかっただろう。おれの肩を叩きながら、体格それから掌をみて同じようなことを思ったはずだ。
「いやー、まことに助かった。歳になにかあったら新撰組は終わりだ」
「局長・・・」おれの横に座っている土方が控えめに口をはさんだ。
「おおげさな。あんたならともかく、おれが死んでもどうにもなりゃしねぇ。口煩いやつがくたばったと新撰組の隊士たちが喜ぶくらいだ」
おれは、それをききながらこの状況を考えずにはいられなかった。いまさら、ではあるが。
おれは幕末にいる。歴史上有名な近藤勇や土方歳三と一緒にいる。
夢落ちってことはないよな?おれは正座している腿をそっとつねってみた。
痛い・・・。それはそうだろう。
「流派は?どこの流派かね?」
近藤がきいていた。
おれは答えようとしてはっとした。現代の英信流は土佐に伝わり、その流れによるものだ。
土佐は、長州のようにはっきりと敵対しているわけではないが味方でもない。答えていいものか判断できない。もっとも、当時はまだ確立されていなかったし、おれの遣うものもあくまで型だ。
みられてもそうとはわからないかもしれない。
一方、いまの状況でかれらはおれを信じていないだろうし、おれもそうだ。
いまは土方の着物を借りてそれを着用しているが、おれが着ていたもの、それに相棒もまたかれらにとっては不信感のもとになるだろう。
身の振り方しだいでは土方には話したほうがいいのだろうか?もっとも、かれらがおれを生かすつもりなのなら、だが。
「流派などそんな・・・。我流です」
結局おれはそう答えた。
「おお、そうかね?ならばどうだ天然理心流を学んでみては?」
ごつい相貌に満面の笑みが浮かんだ。とてもそれが人懐こいものに思えた。
「局長・・・」またしても土方が控えめにいった。
「そんな暇ねぇだろう?それにこいつは隊士でも関係者でもねぇ・・・」
「ああ、そうだな」
ごつい相貌が途端に悲しげに歪んだ。
なんて感情表現が豊かなんだろう、と驚いた。武士はそういうものは現すものではないものとばかり思っていた。
「いえ、ぜひとも教えを乞いたく。なにも近藤局長自らでなくとも門弟の方で」
おれは思わずそういっていた。
とくに流派にこだわっているわけではない。いまでもたまたまくぐったのが英信流だっただけで、機会があれば夢想神伝流でも柳生新陰流でも貪欲に学びたいと思っている。
それに、こうして相対している近藤は本物、と心から感じられた。震えが止まらなかった。それは「人斬り半次郎」のような恐怖によるものではない。
まことの剣士としての、力の所産なのだろう。
「そうかそうか・・・。そうだな・・・」近藤はまたぱっと笑みを浮かべた。
「総司が・・・」
「かっちゃんっ」
土方はついに怒鳴った。だれもいないときにはそう呼んでいるのかもしれない。
「あいつはそんな状態じゃねぇだろう?それに病がうつったらどうする」
眉間に皺を寄せ呻くようにいう土方。そのとき、廊下に人の気配がした。
「局長、会津藩のお迎えが参りました」
まだ子どものような声がそう告げた。
「わかっているよ、歳・・・。総司にもなにか、と思っただけだ。相馬、君だったね?むさくるしいところだが、とくに急ぐ用事がなければしばらく滞在して新撰組の隊士たちに稽古でもつけてやってくれたまえ」
近藤は身軽に立ち上がった。
「いいえ、わたしのほうがつけて頂きたく・・・」おれはそう答えていた。
近藤には、他者を惹きつけるカリスマ性のようなものがあると思いながら・・・。