「逃げる者は斬る」
「主計、なにをやっていやがる?はやく持ち場につきやがれ」
副長に怒鳴られてしまった。
頭を左右に振り、慌てて持ち場に戻った。
今日も激戦である。
銃撃を交代したタイミングで、副長に呼ばれた。
「確認しておきたい。おれは、「逃げる者は斬る」といえばいいのか?」
「はい?そんなことを確認するために、おれの貴重な休憩時間を奪ったわけですか?」
「なんだと?おれの見せ場だ。ちゃんと演じなければならぬであろうが、ええっ?」
びっくりである。
こんな戦の真っ最中だというのに、カッコだけはつけたいらしい。
「ええ。大川さんを通じて兵士たちにそういわせたと」
「よし。だれか、大川君を呼んでくれ。主計、おまえはいってよし」
おれは上機嫌な副長に心の中であかんべぇをし、また持ち場に戻ったのであった。
そんな一幕もあったが、兎に角史実通りに撃ちまくった。すぐに銃身が熱くなる。半端ない熱さである。
そりゃあ桶水で冷やしながらでないと、到底撃ちつづけられないよな。
webでみたことを、つくづく実感する。
俊春は、敵の小隊を次から次へとうまい地点に誘いだしたり追いこんだりしてくれる。
副長は、俊冬の合図を受けて射撃の命を下す。
ひたすらこのパターンの繰り返しである。
ときおり敵がこっそり背後や側面にあらわれることがある。
そのときには、相棒が俊冬に知らせる。
古今東西で最高最強の狙撃手であるかれは、その隊の隊長を瞬時に見極め、戦意喪失するだけの射撃をおこなう。
大川は副長の命を受けてあの迷台詞、もとい名台詞をいっただろうか。
敵の軍監の駒井はどうなっただろうか。
史実通り、胸に弾丸を喰らっただろうか。
敵のことながら心配してしまう。
甘いといえばそうなのだろう。
だが、この期に及んでもまだ人間の死に慣れそうにない。
できれば、敵も味方も死んでほしくない。
やはり、おれにはそれ相応の覚悟も心意気もないのだろう。
こんなおれみたいなモブが、戦争の非を訴えつつあっけなく散ってしまうというわけだ。
夕方になり暗くなった。
敵も味方もだんだん勢いがなくなってきている。
ってか、ぶっちゃけヤル気なしなしである。
惰性で撃ちあいをしている。
この中で元気なのは、人類の叡智である三人だけであろう。
その証拠に、二日目の深夜にいたってもなお三人は戦場のあちこちを飛び回っている。
カフェインの摂取はしていない。
それ以外にあれだけテンションマックス状態を維持できるって、なんかヤバい薬でもやっているんじゃないかと勘繰ってしまう。
食べ物もろくに喰わないし、釈迦か仙人レベルで悟りを開いているとしかいいようがない。
あれだけの体力と気力の維持は、フツーの人間には無理である。
だから、見習おうとは思わない。
だが、すこしその力的なものをわけてもらいたい。
せめてこの第二次二股口の戦いが終わるあと数時間後まで、銃を撃てるだけでいい。
体力と気力とを維持させたい。
そしてやっと、この長い長ーい戦いが終わった。
深夜のことである。
俊春が物見を行い、敵が退き上げたことを知らされた。
史実通り、おれたちはまた勝利した。
無敗を誇る土方歳三は、またしてもその戦績に白星をつけた。
ってなにもしていないのに自動的に経歴に箔をつけるってどうよって、いいたくなる。
まっ、ここで死ぬはずだった滝川の部下六名が助かったことだし、そこはよしとしよう。
ちなみに、俊春によると駒井は流れ弾丸に当たったそうだが、かれがみたときには生きていて部下たちとともに撤退したらしい。
さすがにその後のことはわからないが、生命だけは助かっていてほしい。そう願わずにはいられない。
こうして、第二次二股口の戦いもおれたちの勝利に終わった。
とはいえ、二股口から撤退できるわけではない。
敵は、二股口からの侵攻をあきらめるだけである。
ちがうルートを進むだけのこと。
ゆえに、二股口での小競り合いは続く。
厄介なのは、二股口だけがまともに機能しているということである。
つまり、他の方面が劣勢、いや、ぶっちゃけかなりヤバい。敵はそちらの方面を進む。
ということは、いくらおれたちが二股口で踏ん張り、小競り合いをしつづけても、他が攻略されてしまっていては二股口だけが孤立してしまうことになる。
実際、あと四日ほど後に矢不来が突破される。
副長は、その時点で退路を断たれると判断を下して五稜郭への撤退を決める。
「もうよいではないか。しつこいぞ」
「よくはない。あれは、軍律違反であった。その責を問われてしかるべきだ」
士官たちに招集がかかった。
当然、伝習隊のエース二人もやってきた。
相貌を合わせるなり、滝川と大川はギャンギャンとわめきだした。
滝川のムチャぶりを、大川がツッコんでいるのである。




