泥の下は褌一丁ってわけで……
「わんこ。敵から滝川君やかれの部下を護れ。その上で、駒井さんとやらをどうにかするんだ」
「了解。だけど、きみは注文がおおいよね。それに、一言労いの言葉くらいあって然るべきなんじゃないかな?」
「大義である」
「にゃんこ、いまのはめっちゃ上から目線だったよ。それに、いったいだれの真似なの?」
「戦国武将風だ。だいたい、おまえはくるのが遅すぎるんだ。わずかな遅延で味方にさらなる負担をかけ、被害をあたえることになる。そうなれば、当然疲労の度合いも増す」
「おいおい、たま。厳しいことを申すな。ぽちは遅すぎてはいない。かれのお蔭で、わたしたちの戦いもずいぶんとラクになった。感謝こそすれ、文句を申すなどとあってはならない」
「ほら、にゃんこ。島田先生のいうことを耳の穴をかっぽじってきき、脳と心に刻んでよね」
「調子にのるな。それに、甘ったれるな」
俊冬は、プイと横を向いて言い捨てた。
ビミョーな空気が流れる。
「ってか、その泥だらけ。またパクリだろう?「ラ〇ボー」だよな、それ?」
「もちろん。「シルベ〇ター・スタローン」、かれもクールだよね」
「ぽちは、ほんっとになんでもクールって思うんだな。だけど、それをリアルにやるなんて、きみはまさしくプロフェッショナルだよ。どうせ森の中だと、「プ〇デター」みたいに光学迷彩っぽくなるんだろうし」
「そうだね。ぼくの戦い方は、「プ〇デター」にちかいかもしれないね……。おっと、油を売ってたらにゃんこにマウントをとられてしまう。だから、もういくよ」
俊春は、俊冬に一瞥くれてから踵を返そうとした。
その脚許に、相棒が駆け寄る。
「大丈夫だよ。兼定兄さんまで泥だらけになったら、主計が卒倒してしまう。ぼくよりかれらを護って」
俊春は、相棒の頭に掌を伸ばしかけたがそれを止めた。
「まて、ぽち」
そのとき、副長が呼び止めた。
「その泥の下はなんだ?」
えっ、何?いまの質問はいったいなに?
「裸ですけど。厳密には、褌一丁です。本来は褌も汚れるのが嫌なのでマッパがいいのですが……」
「なんて危ない……」
「ああ、危なすぎる」
安富と蟻通の視線が、なにゆえこちらに向けられている。
「ぽち、敵より味方に注意した方がいいかもな」
そして、副長の謎アドバイス。
「ご忠告痛み入ります」
かれは副長にぺこりと頭をさげてから、泥だらけの体をこちらへ向けた。
泥にまみれた相貌の中に、白い歯が浮かぶ。
「だから、こっちを見ないで」
「はああああ?見ていない。ってか見てるけど、そんな変な意味で見ているわけじゃない……」
「泥んこプレイだなんて、いやらしい」
「な、なにをいっている?おれは、そんな奇抜な趣味はない。って以前に、思いつきもしない」
抗弁ではなく非難をしている間に、かれの姿がドロンした。
稀代の暗殺者は、泥んこで暗殺するだけでなく泥んこプレイもするらしい。
夜間は、敵味方ともにだらだら感満載で撃ちあうって感じである。
滝川もどうにかおとなしくしているようである。
敵味方の中でイキイキと動き回っているのは、俊春とそれから俊冬と相棒だけである。
泥人形状態の俊春は、「プ〇デター」まんまで少人数ずつ狩っていっているにちがいない。
なにせ暗い。敵味方ともに灯りを灯せない以上、天上の月や星の灯に頼るしかないのであるが、それも分厚い雲に邪魔をされ、視界が悪い状態である。
夜目に慣れているため、かろうじて手許と周辺は確認したり感じることはできる。
が、迫りくる敵に銃を撃つということになれば、難易度が高すぎる。
そんなおれたちを横目に、さすがは人類の叡智たちである。
暗視ゴーグルが必要でないかれらは、たとえ真っ暗闇であってもフツーのときとかわりがないらしい。
俊春はフツーに暗躍している。そして、俊冬はフツーに狙撃している。
かれが一発撃つごとに、遠く敵の間から悲鳴やら驚きの叫びやらがきこえてくる。
開戦してからの翌未明、史実どおり滝川が突撃を強行したと俊冬から知らせがあった。
すぐに副長のもとへゆくと、心配げな大川も来ている。
滝川は、大川の制止を振りきっての強行したらしい。
本来なら軍律違反である。
が、これを罰すれば逆に士気にかかわる。実際のところは、スルーするしかない。
「わんこと兼定兄さんでフォローする」
俊冬がいった。
ならば大丈夫。
強行の報が入ってしばらくして、滝川らが戻って来た。
数名が転んで擦りむいた程度ですんだ。
滝川自身も無事である。が、滝川は副長が苦言を呈する前に安富にめっちゃ叱られた。
「こんな足場の悪いところで馬に乗るなどと、馬の脚が折れたらどうするつもりだ」
という風に。
滝川は、一人お馬さんに乗って突っ込んだのである。




