あっさり肯定した!
「おれたちに関わってきた人たちに、きみらが暗示をかけるんだ。おれたち四人の存在を消す暗示をな。その上で、四人でどこかの国にいこう。おれたちには知識がある。どこの国でだってその知識を利用して暮らしていける。平穏に暮らしてもいいし、冒険や挑戦をしたっていい。選択肢はいっぱいある」
相棒の頭に掌を伸ばし、ガシガシとなでた。
相棒は、同意してくれているんだろう。とくに抵抗することなくなでさせてくれた。
そして、俊冬はただだまってうなだれている。
「ありがとう、ハジメ君」
かれはしばらく無言のままだったが、視線を上げておれとそれをしっかり合わせてから口をひらいた。
「あいつとおれのことで、きみに気をつかわせてしまっている。だけど、いまのはきみの本意じゃない。おれたちはここに、この時代にくるべく運命づけられていた。だから最後まで見守り、見届けなければならない。四人ともね。もはや恩とか気遣いなど関係はない。おれたちは四人とも、運命にしたがって出来ることをやるだけだ」
「じゃぁその運命というのが、きみが死ぬことなのか?」
かれをうまくいいくるめられない自分自身にイラっときてしまい、思わず核心に迫っていた。
最初は俊春の話だったはずなのに、話がどんどん深みにはまってゆく。
だが、どうにかしたい。
俊冬と俊春を死なせたくない。
「ああ、そうだよ」
かれは、「ちがう」とか「馬鹿なことをいうんだな」とかいってくるかと思いきや、あっさり認めたので内心で焦ってしまった。
否定にたいする反論は準備しているが、肯定にたいする言葉は準備していないからである。
「『ああ、そうだよ』って、ずいぶんとあっさり認めるんだな」
だから、シンプルにそう伝えた。
「別に、隠す必要はないからね。それに、きみだけでなく永倉先生たちだってそう推察していただろう?さすがに江戸にいるときからネタバレみたいなことを自分からカミングアウトするつもりはなかったけど、問い詰められれば肯定するつもりだった」
「なんだって?」
いまのかれの言葉のほとんどが、おれにとっては驚き以外のなにものでもない。
じゃあ、あれだけ疑惑という言葉のもと、こそこそと大勢の人とやりとりをしたのは?
すべてムダだったと?
最初に『俊冬が副長の影武者になって死ぬつもり』という疑惑について、だれとどこで話をしたかは、正直覚えてはいない。
が、京から江戸へ逃れてからずっとその疑問が頭からも心からもはなれなかった。
ある意味では、副長の死よりも深刻にかんがえていた。
では、最初っから俊冬本人にぶつければよかったのか?
ぶつければ、かれは「ああ、そうだよ。それがなにか?」的にあっさりきっぱりすっきり答えたというのか?
開き直ったとでも?
いまのこのやりとりを、永倉や原田や斎藤に「ZOOM」や「Skype」を通じてみせてやりたい。いや。いっそ、「Twitter」や「Instagram」で拡散してもいいし、「YouTube」で動画をアップしてもいい。
いやいや、いっそ「LINE」のグループLINEでいっせい送信するという手もある。
「俊春からきいただろう?おれたちの寿命はいつ尽きるかわからないって」
失意のおれに、かれがいってきた。
「あ、ああ。だが、それもわからないんだろう?」
「まあね。でも、漫画や小説、映画だったらぜったいに早死にするし、そうでなきゃ面白くない」
「はあ?これは、そんな創作の世界じゃないだろう?」
「創作の世界の斜め上をいっているけどね。兎に角、そういうわけだ」
「あ、ああ。そんなものなのか?」
心のなかで頸をひねっている間に、俊冬は銃を抱えてさっさと立ち上がった。
「すこしでも眠った方がいいよ」
「ああ、そうだな」
上の空でこたえた。
かれはやわらかい笑みを浮かべると、背を向け去っていった。
はぐらかされた。してやられた。
そう気がついたのは、かれの背中がみえなくなってから大分と経ち、焚き火の火が消えかかってからだった。
相棒の呆れ返ったような吐息が、朝靄にまじりあった。
眠れそうにないと思いつつ、厩で藁の上にベッドダイブならぬ藁ダイブをしたらソッコーで寝落ちしてしまっていた。
市村と田村に起こされ、竹の皮に包まれている玄米のおむすびを三個と水の入っている竹筒を渡された。
俊冬と俊春が握ってくれたらしい。
弁天台場へゆく中島と尾形と尾関は、武器弾薬のほかに隊士たちの分の玄米むすびを運ぶらしい。
俊春はおれが仮眠をとっている間に黒田に会ってもどってきて、玄米のおむすびを握ったのである。
その俊春は、すでに伊庭とともに木古内に向けて出発したらしい。




