表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1191/1254

まさか、また……?

 副長の眉間の皺は、野村の自由奔放さを懸念してのことではないはずだ。


 さきほどの桑名少将の忠告にたいしてにちがいない。


「主計。史実では、新政府軍の陸軍参謀の黒田くろだ先生がこちらに配慮してくれるんだったよな?」

「ああ、たま。新撰組に関しては、弁天台場で降伏する。そのあたりで、向こうが降伏の使者をよこすはずだ。もっとも、こちらはそれを拒否して戦いつづけるけどね。でっ結局、敗れてしまう。そのタイミングで、榎本先生は捕らえていた敵兵、つまり捕虜を解放するんだ。黒田先生はその返礼をするんだが、それがきっかけで休戦になる。その間に、こちらが降伏を決意することになる」


 俊冬は、おれの説明をきいてからしばらくかんがえこんだ。


「わんこ、すぐに黒田先生に会ってこい」


 そして、焚き火越しに俊春に命じた。


「黒田先生とは、江戸で面識があるんだろう?このまえの宮古湾の海戦のとき、おまえが茶番を演じている間、かれはおまえをずっとみていた。おまえも気がついていただろう?」


 たしかに、黒田は薩摩の戦艦「春日」からずっと俊春をみていた。


 ってか、あの大舞台は、あそこにいた全員が見守っていた。


 俊春をみていたのは、黒田だけではない。


 敵の陸軍参謀黒田清隆(くろだきよたか)とは、江戸の薩摩屋敷で面識がある。


 もっとも、かれに関しては呑兵衛という印象が強いが。


 実際、かれは明治期に入っても酒のトラブルに関する逸話がおおい。


 それは兎も角、かれとは俊春相手に剣術の勝負をしたときに、協力して俊春と戦ったことがある。


「うん」

「念のためだ。史実に添うよう、誘導しておけ」

「……」


 俊冬の命令に、俊春の視線が地面に落ちた。


「なにをしている。さっさといけ。夜明けまでにもどってこい」


 俊冬はイラついたような、不機嫌そうな、そんな声音で俊春をせかした。


「わかったよ」

「まてっ」


 俊春が渋々立ち上がりかけたところを、副長がとめた。


「必要ない」

「いえ、必要です」


 俊冬は、副長に逆らいはじめた。


 俊春は、腰を浮かしかけたままその二人をみている。


 もちろん、おれもである。


「副長のおっしゃりたいことは、おれも重々承知しています。ですが、万全を期しておきたい。史実という不確定要素だけでは、安心できないのです」

「ならば放っておけ。おまえらは、必要以上のことをやってくれた。これ以上、犠牲になる必要はない」

「あなたのおっしゃることは身勝手です。すこしでも戦がはやくおわるのなら、一人の犠牲くらい安いものです」


 いまにもつかみあいの喧嘩がはじまりそうな雰囲気である。

 そんな緊張感漂う中、おれに出来ることはハラハラ見守るくらいである。


「なにをしている?俊春・・っ、はやくいけ」

「くそっ!いいかげんにしやがれ」


 俊春は、おろおろしている。


 が、俊春にとっては俊冬の命令こそが最優先になるのだろう。


 かれは無言でうなずくと、立ち上がった。そして、てばやく戦闘用ナイフを腰のベルトに差しこみはじめた。


「とめろ、主計」


 って副長、そう言われましても。


 わけがわからぬまま、俊春の腕をつかもうとした。


 それよりもはやく、相棒がかれのズボンの裾を噛んだ。


「そこまでしていくというのなら、いっそ黒田を殺ってこい」

「副長、それはダメです。黒田先生は、終戦後にわれわれにたいしてつねに味方でいてくれるのです。かれを失うことは、史実云々より味方の多くの人々の将来をも悪くしてしまいます」


 いきなり暗殺命令をだした副長に、ソッコーでダメだしをしてしまった。


 黒田は、いろいろ配慮してくれる。そのかれがいなくなれば、配慮してくれる人がいなくなる。


 極端な話、擁護してくれる黒田がいなくなれば、それこそ処刑される者がめっちゃ増えてしまうかもしれない。


 榎本や大鳥をはじめ、本来なら助かる多くの生命いのちが失われるかもしれないのだ。


 ゆえに、黒田かれを暗殺するだなんてとんでもない。


「おれも主計に賛成です。だからこそ、俊春《‥》をいかせるのです」

「それが気に入らぬといっているんだ」

「あなたが気に入る気に入らないではない。黒田先生自身が気に入るか気に入らないか、です」


 いまの俊冬の反論で、副長が躍起になって俊春を止めている理由にやっと思いいたった。


 やはり、おれは鈍感だ。


「俊春、やめろ。やめてくれ。きみが、きみがなにも……」

 

 いいかけたところに、俊春が自分の口の前で指を一本立てた。そして、その指をおれの唇に軽くおしつけてきた。


 たったそれだけの仕種なのに、それがやけに艶めかしく感じられ、ドキッとしてしまった。


「副長、主計。ぼくは、そういう駆け引きがうまいのです。なにも黒田先生に抱かれ、かれをモノにするわけじゃない。ぼく自身が餌になってかれの鼻先にぶら下がり、かれを思いどおりに操るのです。ぼくは、そういうことだってお手の物なのです。だから兼定兄さん、放してよ」


 かれは、おれの唇から指をひいた。

 

 そのタイミングで、相棒がかれを解放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ