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会津中将と桑名少将の願い

「いまから申すことは、わたしのごとき若輩者からの言の葉ではなく、兄容保からの言の葉である」


 会津中将からの言葉?


 俊冬と俊春と相棒も、ただ静かに桑名少将がその言葉を発するのを待っている。


「死ぬな」


 たった一言である。


 その一言を告げると、桑名少将は肩の荷をおろしたかのように吐息をもらした。


「死ぬな」


 おなじ言葉を口中でつぶやいた。


 たった一語である。その一語の重みははかりしれない。


 そっと副長をみた。


 はっとした表情かおで、桑名少将の横顔をみつめている。


「兄は、おぬしが死ぬのではないのかと案じている。ああ、そうであった。兄もわたしも、史実のことは承知している。だが、なにもそれにしたがう必要はあるまい?実際、おぬしらが生命いのちを助けた者もいるのだし。近藤のことを、兄はずっと気に病んでいる。無論、わたしもだ。土方まで死んでしまったら、兄もわたしもたまらぬ。表立って生き恥をさらすのは、兄やわたしが引き受ける。土方。おぬしは、生きて一人でもおおくの死ぬはずの者、不遇の一生を送るはずの者たちを救ってほしい。おぬしの才覚、相馬の知識、俊冬と俊春の力があれば、それができるはずだ。おっと、すまぬ。無論、兼定の力もだ」


 桑名少将は、そこで言葉をいったんきった。


 副長は、イケメンを焚き火に向けてうなだれている。


「いつかまた会おう。会って、近藤の思い出話をしようではないか。それと、おぬしらの活躍話もきかせてほしい。相馬、俊春、兼定……、それから俊冬。どうか土方を助けてやってくれ」


 焚き火越しに、桑名少将と視線が合った。


「もちろんです」


 おおきくうなずいて了承する。


 おれの隣で、俊春もうなずく。それから、相棒も。


 だが、すこしはなれたところで胡坐をかいている俊冬は、無表情のまま反応がない。


 そして、副長もまた……。


 せっかく桑名少将が会津中将の名前までだしていいきかせているのに、ちょっとは心に響かせてくれよっていいたくなる。


「話はそれだけだ。邪魔をして、すまなかった」


 桑名少将が立ち上がったので、おれたちも立ち上がった。


「おお、そうだ。土方。俊冬と俊春は、はやい話がおぬしの息子だそうだな」

「はあ?」


 突然とんでもないことを尋ねられ、さすがの副長も間の抜けた反応しかできなかったようだ。


「野村が教えてくれた。遺伝子とかなんとかときいておったが、つまりは息子である、とな」


 かれは、そういいつつおれと視線を合わせてからわずかに口角をあげた。


 なんてこった。


 野村あらためジョンが、桑名少将にさきほどの「死ぬな」をいわせたわけか。説得するよういってくれたんだ。


 俊春もそれに気がついたらしい。


「はい。俊冬とぼくは、副長の息子です」


 ゆえに、かれはくすくす笑いながらそう応じた。


「あの野郎」


 副長は苦笑している。


 そして、桑名少将は去った。


 その華奢な背が消えるまで、おれたちは頭を下げて見送った。



「鉄と銀は、箱館病院に連れて行って高松先生の雑用でもしてもらおうかと思いましたが、当人たちが五稜郭ここにいたいといっています。榎本先生たちの使い走りでも、と。どうでしょうか?」


 また胡坐をかきなおしたタイミングで、俊冬が許可を求めた。


 市村と田村は、副長と俊冬の命運を知ってしまった。


 出来るだけ離れたくはないだろう。


 五稜郭ここにとどまるかれらを護りきれるかどうかは、正直わからない。


 が、箱館病院にあずけようと商人、あるいはアイヌの集落にあずけようと、かれらはかならずやそこから抜けだし、五稜郭ここにもどってくる。


 それであれば、五稜郭ここで榎本の使い走りでもさせたほうがいい。


 すくなくとも、榎本は生き残る。榎本自身も戦闘の指揮をとるため、かすり傷くらいは負うかもしれない。しかし、ウィキ等web上で確認できるほどの怪我はしないはずだ。


 その榎本の側にいれば、危険にさらされることはないはずである。


 もっとも、史実とはちがう、あるいは突発的な何かが起こらないとはかぎらないが。


 その場合は、とっとと逃げるよう、けっしてはむかったり抵抗したりせぬよう、市村と田村にきつくいいきかせておかなければならない。


「利三郎……。そうです。利三郎に護らせるべきです。どうせ二股口や弁天台場等、ほかの戦にも参加しないのです。それならば、かれに二人を護らせればいいのではないでしょうか。さすがに、かれも二人をほっぽりだして一人で逃げるようなことはしないはずですから」


 この際、にゃんこやわんこの手も借りたい。


 野村にさせるべきである。


「わかった。厳命する。が、はたしてあいつがきくかどうか、だな」


 副長は、眉間に皺をよせたままで苦笑した。

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