訪問者といたずら
松吉は、れっきとした武士の子、もとい、子息であった。
松吉母子を屯所に招いた夜、屯所に二人の男がやってきた。
「原田組長と相馬先生にお会いしたい、と」
その夜、門番役を務めている隊士からしらせをうけたとき、おれたちは大広間で例の消え失せた鞘と、昼間の松吉母子の屯所訪問のことを話しているところであった。
「なに?野郎か、それとも女子か?」
原田は、将棋盤を指先で叩きながら尋ねる。
どうやら、将棋盤は密談する必須アイテムらしい。
ちなみに、やりもしない将棋盤を囲んでいるのは、原田、永倉、林、島田、おれである。
「なにをきいてやがる、左之?」
永倉が至極まっとうなことをいう。
そもそも、訪ねてきた者の性別を一番最初にしる必要があるのか?
「泣かした野郎か女子か、であろうが、えっ?」
「なんですって?」
つづく永倉の言葉に、おれだけが反応する。
先日からの原田の曰くありげな言葉の数々に、原田が両刀、あぁもちろん、この場合は剣豪宮本武蔵のような二刀遣いの意味ではない。原田は槍遣いだし・・・。
いや、そこでもない、か。
兎に角、原田は、バイセクシャルだと疑っているのである。
「ああ?馬鹿いってんじゃねぇよ、新八?おれにはおまさがいるだろうが。どっちも泣かせやしねぇよ」
原田が答える。
いまのだと、おれの推測を肯定するには判断材料がすくなすぎる。
「あのー、組長?二人とも男、です。一人は、目明しの小六さんです。いま一人は、おそらく同心ではないでしょうか」
門番役の隊士は、そう告げるととっとと戻ってゆく。
「例のことで、なにかあったんじゃねぇのか?いってみようぜ」
なにゆえか、永倉はのりのりである。
身軽に立ち上がりながらいうと、原田も重い腰をあげる。
「だー、もうっ!いい加減にみつかってほしいよな。ってかよー、「主計と兼定でもみつけることができませんでした。ゆえに、あきらめるしかありませぬ」では、だめなのかね?」
門にむかいながら、原田が囁く。
心底嫌気がさしている、ということがにじみでている。
が、それではまるで、おれと相棒の怠慢のようではないか。
「原田先生、そういう問題ではないでしょう?」
島田が囁く。
でかい島田のそれは、廊下中に響き渡っている。
もっとも、夕食後のフリータイムである。おおくの隊士たちが島原や呑み屋にいっていて、廊下にもそこに面した部屋のうちにも、人気はなさそうである。
「島田先生のおっしゃるとおりですよ、原田先生。中身はないとしても、原田先生の得物の鞘、というだけで悪用されかねません」
思わず突っ込んでしまう。
実際に、されるはずなのである。おれは、それをしっている。
しかも、歴史的にも五本の指に入るであろう大事件において、である。
「なんだと、主計?」
全員の脚が止まる。
一番うしろをあるいているおれを、いっせいにふりかえる。
「賭場に置かれたり、見廻組の屯所に投げ込まれたり、薩摩藩邸に放り込まれたり、とかか?」
永倉の推理に、島田も林も「おおっ!」となる。
それに、当の原田はショックを隠しきれないようである。
実際、その長身がふらつく。
いや、それ以前に、どれもこれもまるで子どものいたずらのようなことばかりではないか。
そんなことをして、いったいだれが得をするのか?そして、原田に咎があるというのか?
不可思議でならない。
「客人がおまちです。兎に角、参りましょう」
急かすことで答えをはぐらかす。
そして、さっさとあるきだす。
「あれで土方さんの頭をぶっ叩かれたり、土方さんの部屋の障子でも破られたりでもしたら・・・」
おれの背に、原田の嘆きがぶつかる。
いやまさか、いくらなんでもそれはないであろう。
そもそも、なにゆえ副長に限定する?
逆に、もっときいてみたい気がする。
結局、屯所にやってきたのは小六と松吉の父親であった。