負担をかけてばかりですまないとは思っているんだが
「わんこ。木古内で小競り合いがはじまったら、たっぷり一日ほどは攻めてこれないだけの打撃をあたえろ。八郎君のことがある。確実に任務をこなせ。小競り合いすらできないだけの打撃だぞ。その上で、二股口にこい。二股口では、ひたすら攪乱しまくれ」
「了解。木古内では、ぼくが二股口にいって戻るまでの間に攻めてこれないだけの打撃をあたえる。二股口では、敵軍をひたすら攪乱し、混乱させる」
「そうだ。そのあとはすぐに木古内に戻り、八郎君を護る」
「了解」
俊冬は、俊春の了承に一つうなずいてから視線をまた副長に向けた。
「すまない。ぽち、きみに負担ばかりかけている……」
「主計、謝らないで。すまなく思う必要なんてない。これは、ぼくにしかできないことだからね。にゃんこは、いつもぼくに指図するだけで、自分はぜったいに動かないからね」
俊春に負担をかけまくっている。このあと、さらにかけることになる。それこそ、先日のように力をだしきるほどのことになる。謝らずにはいられない。
すまないと思うのは、そうと思うことくらいしかできないからである。
情けないことに、そう思うことしかできない。そう思うことで、おれ自身を納得させているのかもしれない。
俊春は、かっこかわいい相貌にいたずらっぽい笑みが浮かべた。
俊冬のことをあげつらうことも忘れない。
俊春は、おれに気をつかってくれているのだ。
俊春は、口をいったん閉じた。が、「いたっ」とちいさく悲鳴をあげた。
それから、かれは頭をさすりはじめた。
どうやら、俊冬がおれの背中越しに俊春の頭を殴ったようだ。
「わんこ。ならば、おまえが作戦のオペレーションをするか?」
「やめておくよ。それは、ぼくのガラじゃないからね」
「じゃあ、素直にオペレーションされていろ」
俊冬は、そういってちいさく笑った。
副長似の相貌は、穏やかである。
「そうだ。つぎの戦いで、敵の指揮官の駒井政五郎が戦死する。胸に被弾して、それが致命傷になると記憶している」
駒井は、長州藩士である。
二股口での戦いで、混乱して敗走しようとする自軍の兵士たちをとどめようとしている最中に、こちらの銃弾を胸に喰らうのである。
そう続けながら、副長の反応をうかがった。
が、副長は胡坐をかき、胸のまえで腕組みをして瞼を閉じている。
人見のように、話の途中で眠ってしまったとか?
「人見さんといっしょにするんじゃない」
刹那、副長の切れ長の双眸が開いた。
「すみません。でも、いまの言い方は、人見先生を馬鹿にしたようなものですよ」
「いいんだよ。いまのも愛情だ、愛情。愛があれば、なにを申しても許されるってもんだ」
はい?それって、どういう理論なんですか?
だったら、人間を殺しまくって『これは愛です。愛するあまり、殺してしまいました』ってサイコパス的なこともまかり通るわけか?
「その駒井という指揮官、ぼくが殺るわけ?」
「いいや。凶弾に斃れるってやつらしいから、おれが殺る」
おれが副長の理不尽すぎる理論について考察していると、俊冬と俊春が駒井の生殺与奪の権について打ち合わせをおこないはじめた。
「おまえら、無理をするな」
そのとき、もったいぶった感じで副長が口を開いた。
「主計っ!なんだと、この野郎」
「だから、なにもいっていませんってば」
「もういい」
「もういいって……。だったら、いちゃもんつけなきゃいいのに。ってなんでもありませんです、はい」
火の向こうで、副長が腰のホルスターから拳銃をはずすのがみえた。だから、すぐさま謝罪をしておいた。
副長に拳銃を持たせれば、いつ弾丸が飛んでくるかわかったものではない。
「たま、狙撃する必要はない。さきほどの主計のいいぐさだと、流れ弾にあたる可能性の方が高い。であれば、わざわざおまえが手を下す必要などない。であろう?」
副長は、なるべく人間を殺したくないというスタンスの俊冬に気をつかっているんだろう。
「承知」
俊冬は、ソッコーで了承した。
副長に激似の相貌には、どこかホッとしたものが浮かんでいる。
「おれたちが生き残る恩恵に授かっているんだ。敵にも機会をあたえるべきであろう?」
「敵に塩を送るってやつですよね?」
「ああ。もっとも、味方や仲間のように影武者を立てるとか手厚く保護してやるってところまでの義理はないがな」
おれの言葉に、副長はそう応じてみじかく笑った。
おれも愛想笑いを浮かべようとしたが、俊冬と俊春と相棒が建物のある暗がりに視線を向けていることに気がついた。
「だれかくるのか?」
尋ねたが、三人から答えは返ってこない。
ただ、相棒は立ち上がって音がするほど尻尾を激しく振りはじめた。
だれかくるとすれば、それはどうやら顔見知りのようである。




