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余韻に浸りまくり

 俊冬と俊春の剣の形が、心に染み渡りまくっている。


 それは、おれだけではない。


 そっと見回すと、大人も子どもも涙を流している。


 泣いているというよりかは、勝手に涙が流れ落ちているという感じか。


 そうして、二人は納刀してから頭を下げた。


 剣の形の素晴らしさに拍手をすることも忘れ、余韻に浸ってしまう。


 全員がただ無言で涙を流して余韻に浸っているなか、二人がこちらにやってきた。二人は、申し合わせたように腰からそれぞれの得物を抜き取る。


 俊冬はおれに『之定』を、俊春は副長に『兼定』をそれぞれ差しだした。


 そのとき、伊庭が立ち上がった。


 そして、掌を叩きはじめた。すると、ほかのみんなも立ち上がり、拍手をはじめる。


 拍手は、いついつまでもつづいた。


 まぎれもなく、二人は本物の剣士である。


 親父も、あの世で鼻が高いだろう。



 


 明日の、というよりかは今朝の出発ははやい。


 厩の藁の上で寝ることにした。五稜郭内はいっぱいだし、どこかしら空いているスペースがあったとしても、探すのが面倒である。ここなら、気をつかうのはお馬さんたちくらいである。


 というわけで、面倒くさがりのおれたちは、厩で仮眠をとることにした。


「なにをやっているんだ?」


 あいかわらず眠らない男たちである俊冬と俊春は、またもや内職をやっている。


 火を焚き、そこでなにやら作業をしているのである。


 みんな眠ってしまっている。藁の上でも、地面の上に筵をひくよりかはずっとマシである。


 ただ、エレガンスな香りとはほど遠いにおいはするけれども。


 ただ一人、安富にとってはこのにおいもバラや金木犀に相当するのだろう。


 それは兎も角、焚き火のまえに胡坐をかいている俊冬と俊春の間に胡坐をかきつつ尋ねてみた。


 副長もいる。


 いてもいいけど、すこしでも眠っておけばいいのにって心配になる。


 って、他人ひとのことはいえないか。


「なんだあ?おれがいちゃまずいのか?」

「だから、副長の体を心配しているだけです」


 副長が、火の向こうからいちゃもんをつけてきた。


「おまえに案じられるようになったら、おれもしまいだな」


 せっかく心配しているのに、そんなかわいくないことをいっている。


 向こう側にいる副長に、心のなかであかんべぇをした。それから、俊春の手許をのぞきこんでみた。


 シンプルなナイフが二丁あって、その内の一丁を磨いている。


「なにをやっているんだ?」


 俊春はナイフを磨きつつ、おれの真似っ子をした。


「みてわからない?ナイフを磨いているんだよ」

「わかるよ。そういう意味できいているんじゃない」

「じゃあ、どういう意味?どういう意味、どういう意味、どういう意味?」

「だから、三歳児みたいにきいてくるなって」


 ったく、いったいなんだっていうんだ?おれには、ちょっとした疑問を尋ねる権利すらないっていうのか?


「これは、戦闘用ナイフさ。アメリカの商人に譲ってもらったんだ」


 現代でいうところの果物ナイフをごつくした感じである。


「アーミーナイフみたいな?もっとこうごついのかと思っていた」

「映画にでてくるようなものを想像しているんだろう?」


 俊冬が話に入ってきた。


「もともと、アーミーナイフはいろんな機能を揃えているものなんだ。ほら、十徳ナイフだよ」

「ああ、なるほど。そうだよな。ついつい映画にでてくるようなものを思い描いてしまった」


 ちなみに、十徳ナイフは銃刀法違反にはならないものの、軽犯罪法にふれる場合がある。ツールナイフや十徳ナイフをアクセサリー感覚で持ちあるくと、ひっかかることがあるので要注意だ。


「ぼくは、現代で戦闘用ナイフをつかっていたんだ。いまはくないを持っているけど、やはりこっちのほうがつかいやすいから。つぎの木古内と二股口の戦闘は、ぼくもちょっとマジになったほうがよさそうだからね」

「あ、ああ」


 そうとしか答えようもない。


「敵は、おれたちを背後から襲おうと厚沢部から内浦湾方面への山道を切り開いているはずだ。が、それはうまくいかない。たしか、福山藩の部隊が天狗山に陣取っていて、こちらの斥候がちかづくことで第二回戦目がはじまるはずだ。が、敵はそうそうにおれたちの土塁胸壁を破るのをあきらめ、戦術をかえてくる。崖を登り、左方面から銃をうちまくるっていう作戦にね」


 直近に起こるであろう戦闘の詳細を告げた。


 俊冬も俊春もこちらに視線を向け、おれの言葉をすべてインプットしているっぽい。


「またもや長期戦だ。銃身が熱くなるので、水で冷やしながら撃ちまくったと伝えられている」


 そこで言葉をとめた。


 ずっとおしだまったままの副長に視線を向けると、俊冬と俊春もそれにならった。

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