宴会芸も出来ぬとは……
宴会芸といったら、腹踊りとか尻文字とかマジック?
ダメだ。どれもインパクト弱すぎだし、マジックにいたっては道具がないしそもそもやったことがない。
おれってば、いざというときの芸がなにもない。
「大丈夫だよ」
そのとき、俊春が謎断言した。
なにが大丈夫なのかさっぱりわからない。
「きみは、ただだまって立っているだけで面白いから」
はい?
意味がわからない。
「たしかにな。相貌をみるだけで可笑しくなってくる」
副長である。
相貌をみるだけで可笑しいって、それっておかしくないですか?
「だが、見飽きた」
それから、スパッといいきった。
「見飽きたって、仕方がないでしょう。まさか、整形するわけにもいかないですし」
「大丈夫だよ」
つぎは、俊冬が謎断言してきた。
「元の形がわからないようにするくらい、すぐにできる。方法としては、三つある。まずは、お馬さんに蹴ってもらう。つぎは、わんこが二、三発殴る。ラストは、おれがきみをどこかにぶつける」
「ちょっとまてよ。どれもが手術じゃなく物理的にってやつじゃないか」
「だって、タダだよ」
「そういう問題じゃない」
「整形手術だと、道具がないからね。それに、きみのは手術で追いつくかどうか。それこそ、失敗してつぎはぎだらけの相貌になるのがオチだよ」
「にゃんこ、それはそれで面白いよ。もっと面白くなる。相貌で笑えて、経緯をきいて笑える。二度笑えるなんて、おいしすぎる」
「ちょっ……。ぽち、他人事だと思ってなにをいうんだ。やめてくれ。兎に角、相貌で笑かすのはなし。というわけで、おれはなにもできません」
「ちっ!面白くない野郎だな」
副長も俊冬も俊春も面白くなさそうだ。
「役立たずはどこまでいっても役立たずってわけだ。ならばぽちたま、前にみせてくれた剣の形をみせてくれぬか?あれは、何度みても感動ものだ」
「その方がぜったいにいいですよ。おれもみてみたい」
副長の案にすぐにのっかった。
俊冬と俊春にとっては、なかば強制されているようなものであろう。
が、二人は相貌をみあわせただけでとくに拒否するような素振りをみせない。
というわけで、俊冬と俊春が親父の警視流の形を披露してくれることになった。
「二人そろってって、なんか感動だな。そうだ。どちらか「之定」をつかってくれよ」
俊冬と俊春に提案してみた。
このまえの「いきなり剣術大会」のときのように、断られるかと思いつつ。
が、意外にも俊冬が掌をのばしてきた。
「遠慮なく」
かれは、言葉すくなめにおれの掌から「之定」を受け取った。
ゼロコンマ以下の間、俊春とアイコンタクトをとってしまった。
だが、できるだけ心のなかでなにも思わないようにした。
「ならば、ぽちは「兼定」をつかってくれ。鉄には断られちまったが、いずれにせよ「兼定」は子孫やずっと未来の人々のために手放せねばならぬからな」
副長は、腰から「兼定」を鞘ごと抜いて俊春に差しだした。
「お借りします」
俊春もまた、素直に受け取った。
そのときにも、俊春と視線が合った。
もちろん、なにもかんがえないでおく。
二人は、それぞれ刀を眼前にかかげるとなにやら語りかけている。
いつものように儀式っぽいことをするのである。
刀と同化するのか、あるいは感謝するのかしているのだろう。
そして、準備が整ったようである。
かれらは、自分の得物をおれに差しだしてきたので、預かることにした。
俊春の「村正」も俊冬の「関の孫六」も、親父の形見のようなものらしい。
ずっしりと重いそれらは、物理的ではなく、いろんな想いがこもっている。
二人は副長に、それからおれたちに一礼をした。
それから、おれたちの前方七、八メートルくらいの距離を置き、たがいの距離も置いて並び立った。
そして、得物を腰のベルトにはさんで瞼を閉じた。
打ち合わせをしたわけでもないのに、二人はまったくおなじ動きをしている。
相棒はおれの脚許にお座りし、兄目線で弟たちをみている。
かれらは再度目礼すると、それぞれの得物を抜いて正眼に構えた。
そのきれいな構えだけでゾクッときてしまう。
それから、本来なら木刀でおこなう警視流木太刀形をはじめた。
八相にはじまり、変化、八天切、巻落、下段の突、阿吽、一二の太刀、打落、破折、位詰。
北辰一刀流や神道無念流や柳生流や示現流など、諸流派を統合した形の数々。
二人はそれにくわえて、前腰、無双返し、回り掛け、右の敵、四方という警視流立居合も披露してくれた。
流れるようでいて心に直接なにかを訴えてくる。それがなにかはわからない。
だが、これだけはいえる。
これほど無垢で清い形はない。
これこそが、先人が修練の末に編み出した形である。
気がつけば、涙を流していた。
いつものように……。




