副長が死ぬ?サプライーズ!
「土方さんとたまのことだ」
蟻通は、シンプルかつスピーディーに核心に迫った。
「主計、このあとの戦況を教えてくれ」
かれに頼まれ、今後のおおよその状況を伝えた。
「新撰組は、七里浜などで戦った後に弁天台場で籠城、結局はそこで降伏します。いまから一か月ほど後の話です。その数日前の話ですが、蟻通先生、あなたも討死することになっています」
この際だから、蟻通には再度認識しておいてもらおうと告げた。かれは、わかっているというようにちいさくうなずいた。
「箱館山で……。回天隊から移ってきた粕屋さんとともに、です」
「蟻通先生。場所と時期がわかっています……」
「わかっている」
俊春がいいかけたところに、蟻通はまたうなずいた。
じつは、おなじ時期に弁天台場で隊士の数名が死ぬことになっている。その面子もどうにかする必要がある。
「わたしのことは兎も角、土方さんのことを」
「はい。副長は、弁天台場にむかうところで被弾します。そして、そのまま……」
「へー」
って安富、リアクションが「へー」って、いったいなに?
ってか、ほかのみんなも『反応薄っ!』なんですが?
子どもらも、副長が石につまずいて転んでしまった的な反応である。つまり、顔色一つ、表情一つかわっていない。
「あの、みなさん驚かないのですか?」
「なにゆえだ?」
「安富先生。なにゆえって、副長が死ぬんですよ。それなのに、『へー』とか反応薄すぎるんじゃないでしょうか?」
「驚いた!」
「おおおおおっ」
「副長が死ぬ?」
「びっくりだよね」
「サプライーズ」
「ファックでシットだ」
大人も子どもも、いっせいにわざとらしいリアクションをとった。
副長が気の毒すぎる。
「それで?」
それから、安富が尋ねてきた。
かれは、副長の死よりも愛するお馬さんたちの様子が気になるらしい。
これが、副長の乗る「竹殿」が死ぬかもって告げたのだったら、かれは半狂乱になったにちがいない。
「副長は、どうもその死を受け入れているような感じなんです」
まさか、これで「ふーん。それならそれでいいのではないのか?」っていわれたら、おれもその先どう話をしていいのかわからない。
が、全員沈黙している。
一応、いまいったことをかんがえてくれているんだろう。たぶん、であるが。
「ならば、簀巻きにして厩にでも閉じこめるなりくくりつけておけばいいではないのか?ようは、そこにいなければいいのであろう?」
「安富先生、まぁそうなんですけど……。たしかに、副長はそこにいないようにすることはできるはずです。問題は、たまがその副長の影武者を務めるつもりだということなんです」
そう告げた瞬間、その場の空気が凍りついた。絶対零度的に凍りついたのである。
そのことをはじめてしった者たちの顔色が、こちらが戸惑うほどかわっている。
「かれは、史実にならうために副長のかわりに死ぬつもりです」
「そんなことがあってたまるものかっ!」
怒鳴り声とともに、安富に胸元をつかまれてしめあげられた。
厩の中で、お馬さんたちが怯えて鼻を鳴らしている。
「そうだよ。どうしてたま先生が副長なんかのかわりに死ななきゃならないの?」
「ぜったいに、ぜったいに嫌だよ」
「鉄と銀のいう通りだ。たまが死ぬ必要などない」
「さよう。副長のかわりに?犬死ではないか」
「まったくもってけしからん。たまが死ぬ?しかも、副長のかわりに?」
市村、田村、尾形、尾関、中島の反応である。
「オー・マイ・ゴッド!人類にとっておおいなる損失になる」
それから、野村の謎理論である。
なんてことだ。
反応がビミョーすぎる。
思わず、蟻通と伊庭と俊春と相棒に助けを求めてしまった。
これはこれで、どう話を進めていいかわからないからである。
「おいおい、なにゆえそこまで反応がちがうのだ?」
蟻通が、苦笑しながら尋ねた。
かれも、苦笑するしかないのである。
「副長は、どうにでもなる。だが、たまはどうにでもならないからだ」
安富がきっぱり答えた。
きっぱりすぎるが、たしかにかれのいうとおりではある。
「副長がそこにいなければ、たま先生だっていく必要ないじゃない」
「鉄ちゃんのいう通りだよ。副長が死なないとわかっているのに、死ぬことなんてないよね?」
「なぜなら、土方歳三は死ななきゃならないんだ。すくなくとも、そのように見せかけなければならない」
市村と田村のいう通りでもある。だが、そうなると土方歳三は逃走、あるいは生き残って投降しなければならなくなる。
副長の死に関して、伝えられている詳細を語ってきかせた。




