武家のあるある
この日、屯所に永倉と吉村がいた。
二人に事情を説明すると、こころよく剣術の稽古をみせてくれるという。
しかも、真剣で、である。
「おお、いいとも。主計、おまえ相手に、かるーくやってやるよ」
「んだなはん」
永倉が物騒なことをいうと、その隣で吉村が言葉すくなめになにかをいう。
それを、剣術をみせるということのみにおいての同意ととる。
「いえ、なにもおれに稽古をつけてくれなくていいのですよ、両先生。松吉に刀を遣っているところをみせてもらえるだけで・・・」
苦笑しながらいう。
「なら、やはり相手がおらねば。おれとおまえ、吉村先生とおまえ、でいいだろう?なぁ、吉村先生?」
「んだ」
反論するよりもはやく、永倉も吉村も、道場の隅に置いてあるそれぞれの愛刀をとりにいってしまう。
仕方ない・・・。
道場の外にまたせている松吉を、なかに招き入れる。
「わー」
松吉は、道場のなかに入ってくると、なかをみまわす。
その瞳は、きらきらとしている。
朝の練習がちょうどおわったところで、まだ数名の隊士が残っている。
みな、突然入ってきたちいさな部外者に、気軽に声をかけている。
松吉は、それら隊士たちにぺこりとお辞儀をし、「こんにちは」ときちんと挨拶をする。
内心で驚いてしまう。
そういえば、初対面こそおっかなびっくりしていたが、自宅を訪れたとき、そしていま、すごく礼儀正しい。この位の年齢の子にありがちな、駆けまわったりということがまったくない。
親の躾がいいのであろう。
「坊、よくきたな。おれは永倉、こっちは吉村。一応、剣術なるものをやっている。刀が好きなんだって?みるか?「播州手柄山」、という業物だ」
永倉と吉村が、戻ってきた。
永倉が自分の得物を鞘ごと差しだすよりもはやく、松吉はきちんと挨拶する。それから、さきほどよりさらに輝いた瞳で、「播州手柄山」をみつめる。
「もたせてやろう」
永倉の表情が、やさしい。
それにも驚かされる。その驚きのなか、永倉は松吉の掌に自分の掌をそえ、業物をしっかりと握らせてやる。
刀に憧れる子どもの興奮が、感じられる。
「かたじけのうございます」
松吉の興奮は、声音にもあらわれている。
「よしっ!おれと吉村が、いまからこの主計と勝負する。しっかりみておけ」
「はい」
「いい返事だ。さすがは武家の子。父上は、将来愉しみだな」
「んだ」
永倉の言葉に、同意らしきものをする吉村。
またしても、驚いてしまう。
「なんですって?」
驚きのあまり、声が裏返ってしまう。
これではまるで、ヒステリックなおねぇである。
「松吉が、武家の子?」
「ああ?しらなかったのか?こんなにおとなしい餓鬼など、いるものか?作法を叩き込まれてる証拠だ。それに、言の葉もな。なにより、さっき、副長に見惚れてるおまささんと一緒にいるのが、この子の母親であろう?武家の妻女じゃねぇか」
「んだ。まぢがいねぁー」
吉村は、同意らしき言葉とともに顔を上下させる。
「なっ、なんですって?」
だれにどう思われようと、ヒステリックなおねぇでいい。
驚きの連続である。
なぜ?
なぜ、永倉も吉村も、そんなことがわかるのだ?おれには、さっぱりわからない。
「まるまげだな。かみのげをまるまげにゆってら」
吉村が、教えてくれたみたいだ。
残念ながら、いまの言葉を翻訳する能力はない。
「丸髷だ。武家の妻女の結い方だ」
苦笑とともに永倉が教えてくれたが、そうと気がつくまでにしばらくかかってしまう。
あっそうか、髪、だ。昔は、髪の結い方で身分、既婚未婚、はてはバツの有無までわかるのである。
そのトリビアは、武士の二人にだから備わっているものであろう。
副長は、気がついているのであろうか?
松吉を観客に迎えておこなった真剣による練習試合は、永倉・吉村双方ともに、そうとう力をおさえてくれた。
どちらも、おれが優勢でおわった。
華をもたせてくれた、というわけである。