教えてよ!
ビミョーな空気が流れている。
本来なら、先程の俊冬の提案は「わんこかおれがひとっ走りします」という感じになるだろう。
俊冬のいまのいい方だと、自分自身はまったく関与するつもりはないってことになる。
「にゃんこ。ぼくばかりに使い走りをさせず、たまにはきみが動けばいいじゃないか」
俊春が、おれの隣で不機嫌そうにいった。
かれもまた、いまの俊冬の発言にひっかっかったのにちがいない。
だが、俊冬は両肩をすくめてそれをスルーした。
「くそっ!」
副長は毒づいた。
「わかった、わかったよ。勝手にしろ。ただし、鉄も銀もかすり傷一つ負わせることのないよう、責任をもって守護しろ。いいな?」
副長は不機嫌そうにそういうと、踵を返して建物の方へあるきはじめた。
その瞬間、副長が心からほっとしている表情になっていたのを見逃さなかった。
副長ったらもう、依怙地なんだから。
『そうだな。やはり、ここにいるべきだ。ぽちたま、鉄と銀が無事でいられるよう手配を頼む』
ってな具合に、命じればいいだけのことなのに……。
まぁ、副長らしいといえば副長らしい。
市村と田村は、おおよろこびしている。
大人たちは、それをうれしそうにみている。
が、隣に立つ俊春はマジな表情である。
「ぽち、もう一度話ができないか?」
かれに二度声をかけてみたが、俊冬に意識を向けているのか気がついていない。
耳がきこえないからでもある。
そのとき、相棒がかれの脚を鼻先でつっついた。
「もう一度話がしたい」
俊冬に背を向け、口の形だけでかれにそう伝えた。
もっとも、おれの心のなかはだだもれである。
俊冬にも気付かれているであろう。
俊春は、マジな表情のまま一つうなずいた。
「まったく、世話の焼ける。わたしの愛するお馬さんたちの方が、よほど素直でかわいらしいというものだ」
「たしかに、ちがいないな」
その副長の背が消えてから、安富がつくづくといった感じでつぶやいた。
蟻通は、そうだよなって感じでそれに同意する。
「八郎さん、口添えいただいてありがとうございます」
「伊庭先生、ありがとうございます」
伊庭にちかづいて礼をいうと、市村もぺこりと頭をさげた。
ちょっとまて。決め手はおれだったぞ。
市村よ。まずはおれに礼をいうべきじゃないのか?
そう思ったが、大人なおれはその気持ちをぐっと吞み込んだ。
「だって、主計さんは主計さんだもん」
すぐさま、市村がいい返してきた。
ってか、やはりおれの心はだだもれしているのか?
「いや、いいんだ。かれが身近にいることで、歳さんもかれを護らなければならないと自覚してくれるかもしれない。そういう期待があったからね」
「どういう意味ですか?」
伊庭の言葉に、市村が不思議そうに尋ねた。
「痛っ!」
後頭部を叩かれてしまい、思わず悲鳴を上げてしまった。
あいかわらず忙しく行き来している他の隊の将兵が、白い眼でみてゆく。
「なにも思うなかんがえるな」
叩いてきたのは、蟻通である。
かれは、思想の自由を奪う発言を平気でしてきた。
「二人にも話をしておいたほうがよいのではないのか?場合によっては、わたしたちよりかれらの方が説得がうまくできるかもしれぬ」
島田は、意味ありげにこちらに視線を向けてきた。
かれのいう説得とは、副長にたいしてだけではない。俊冬にたいしても、である。
ってかんがえそうになり、また蟻通に後頭部を叩かれた。
「いいかげんにしてください。馬鹿になるじゃないですか」
「ならば、案ずる必要はなかろう?」
蟻通にクレームをいれると、ソッコーで返されてしまった。
「秘密にしていないで教えてくださいよ」
田村がねだってきた。
かれは、そういう秘密ごとは全力でききだしたいっていうタイプらしい。
大人たちは、たがいに視線をかわしあった。
たしかに、島田のいう通りである。
副長は、なんだかんだといいつつ子どもらのことを大切にしている。行動にだすことはないが、年齢のはなれた弟みたいな存在なんだろう。
その子どもらに説得してもらえば、副長も耳を傾けてくれるかもしれない。
そして、それは俊冬にもいえることである。
かえって俊冬のほうが有効かもしれない。
市村も田村も俊冬のことが大好きである。おそらく、副長よりも好きなはずだ。
まとわりつかれでもすれば、俊冬も邪険にはしないだろう。
どちらも、大人が説得するよりかはよほど効果がみこめそうだ。
ふと、視線を感じた。
俊冬がじっとみている。
副長まんまの相貌に、いまさらながらどきりとしてしまう。見分ける方法は頬の傷と、側でじっとみたら肌の艶とか皺とか俊冬のほうが若いだけにいいというくらいか。
その瞬間、また後頭部を叩かれた。
「よくそこまでかんがえたり思ったりできるものだな」
蟻通に呆れ返られているが、仕方がない。
それがおれなんだ。
そう開き直ることにした。




