副長、話をきこうよ
「『な、なんだって?』とは、おかしなことを申されるのですね。鉄は、さきほどから用件をいっているではありませんか。それを歳さん、あなたがきこうとしないだけでしょう?」
伊庭は、副長を容赦なく責め立てはじめた。
ってか、伊庭ったらすっかり新撰組に馴染んじゃっているし。
「副長、せめて鉄の言の葉に耳朶を傾けてやって下さい」
「そうだそうだ。かわいくて愛おしいお馬さんたちでも、人間の言の葉に耳朶を傾け、元気づけてくれたり助言をしてくれたりするぞ」
伊庭につづき、島田と安富が責めた。
安富にいたっては、副長はお馬さん以下であるとすっきりはっきりきっちり断言をした。
「土方さん、逃げていないでしっかりきいてやれ」
さらには、蟻通までいいだした。
こういうときの団結力や連係プレーは、すっげぇっていっつも感心してしまう。
副長は、苦虫をかみつぶしたような表情でだんまりをきめこんでいる。
都合が悪くなると、こうしてだんまり戦法でスルーしようとする根性がババ色すぎる。
「主計っ、てめぇっ!」
副長がなんかキャンキャン吠えているような気がするけど、気にしない気にしない。
「さぁ鉄、いまのうちに副長にきいてもらえ」
俊冬が市村の背を押すと、かれは一つうなずいて副長にちかづいた。
ちょっ……。
市村のやつ、またでかくなっていないか?
このたった一日か二日ほどで?
どんだけ育ちざかりなんだ?
隣に立つ俊春をこっそりみてみた。
かっこかわいい相貌が真っ青になっているのは、昨夜の超絶ハードなアクションの疲れのせいだけではないはず。
「副長、ぜったいに嫌ですから」
市村は、副長の懐を脅かすっていうよりかは懐を脅かしまくり、ことさらおおきな声で拒否った。
副長も、自分の目線が市村のそれとおなじであることを、嫌でも気がついたようである。
眉間の皺が、深く濃く刻まれた。
「嫌ですからって、おれはなにもいっちゃいない……」
「わかっています。だから、いうまえに釘をさしているんです」
先手必勝ってわけか。
歯に衣着せぬいい方に、さすがの副長も面喰らっている。
たとえば、おれが市村のように迫ったとすればどうなるだろう?
よくてぶっ飛ばされるだろう。悪ければ、血祭りにあげられるだろう。
「い、いったい、なんのことだ?」
副長は、いまさらしらばっくれた。
市村の眉間に、副長よりも深くて濃い皺がよった。
「しらばっくれないでください。わたしだけでなく、みーーーーーんなしっているんです」
かれは『みーーーーーーんな』のタイミングで、周囲にいる大人を見回した。
「くそっ!」
副長は、軍靴で地面を蹴りつけた。
なんか副長の視線が、こちらに向きかけて……。
「ちょっと、なにをするの?」
副長の視線がこちらに向くまでに、俊春の肩をつかんでひっぱり前に立たせてバリアをはった。
ふふっ、これで完璧。
俊春の小柄な背に隠れ、ほくそ笑んだ。
「主計さんからききました。副長が、わたしのことが大っ嫌いだから新撰組から放りだすっていっているって。主計さんも副長もひどすぎますっ!」
ちょっ……。
全員の視線が、こちらに集中した。
「バ、バリアが……」
しかも、俊春という名のバリアまでおれの掌から逃れてしまっている。
「主計ーーーーーっ!」
「ひどいやつだ」
「最悪だな」
「主計、きみってそんな男だったのかい?」
副長と安富と蟻通がディスってくるのはどうでもいい。が、最後の伊庭の一言は精神的にきつすぎる。
ってか市村め、でっちあげるなよ。
「いや、ちがいます。おれは、おれはただ、鉄がここに残れるようにしたかっただけで……。副長、お願いです。かれに命じるのはやめてください。「兼定」や写真は、どうにかなります。だから、かれを日野にやるのだけは勘弁してください」
こうなったらもう自分で頼むしかない。
おれへのディスりを回避するという理由からではない。
これだけの人数が揃っているのである。
副長も頑固に拒否りつづけるわけにもいかないだろう。
おれの訴えで、みんなもおれから副長に意識が戻った。
「嫌がる本人を無理矢理いかせる必要もないだろう?そもそも、佩刀や写真を実家に届けるということじたいが不可思議でならぬ」
「そうです。勘吾さんの申されるとおりです。ご自身で届けるか、戦の後に隊士のだれかに託してもいいではないですか」
「八郎君のいう通り。なにも戦のさなかに危険をおかさせる必要はありません」
蟻通と伊庭と島田がフォローに入ってくれた。
しかも、「兼定」と写真を遺品として扱わずにである。
副長が生き残るていを装ってくれている。
「副長。史実にそうならば、終戦後わんこにひとっ走りさせてください」
そして、俊冬である。




