すっとこどっこい
「そろそろ参ろう。副長に勘付かれてしまう」
島田は、お馬さんをあゆませはじめた。もちろん、おれたちもそれにならう。
「わたしからも話をしてみよう。それでダメなら……」
島田は、口を閉じて意味ありげに俊冬と俊春に視線を向けた。
かれらのチートスキル「暗示」を発動しては?
島田は、そう尋ねているにちがいない。
「難しいですが、やってみましょう」
俊冬がうなずいた。
相棒も、お馬さんたちの間でうんうんとうなずいている。
まったくちがう業界への転職までかんがえたこの問題であるが、結局、このときの五人の話し合いはムダになってしまった。
副長たちにすこし遅れ、五稜郭に戻ったおれたちがみたのは……。
なんと市村自身が、副長に直談判していたのである。
それこそ、副長が「竹殿」からおりてもいない状態で、市村が詰め寄って声高に主張をはじめたらしい。
副長は、さぞかし驚いたであろう。が、すぐにおれか俊冬か俊春が、市村にふきこんだにちがいないと察したはずである。
おれたちが見守るなか、副長は無言のままムダにカッコをつけつつ、「竹殿」からゆっくりと地面におりたった。
さすがは幕末一、いや、歴史上トップクラスのイケメンである。
剣術はしょぼいのに、こういうカッコをつけることに関しては意識しまくっている。心血を注いでいるといっても過言ではない。
そういう配慮を、もっと他人のためになることにしてほしいものである。
「なんだと、このすっとこどっこい」
そのとき、副長がこっちに向かって怒鳴ってきた。
「ぽち、副長にすっとこどっこいっていわれているぞ」
「それはきみのことであって、ぼくのことじゃない」
俊春は、かっこかわいい相貌で見当違いの返答をしてきた。
「主計っ、おれの剣術のことを散々いいやがって」
「はああああ?なにもいっていませんってば」
「心のなかの叫びがもれまくっているんだよ」
「副長。かれは、副長の超絶マズい剣術をいつも嘲笑っているのです。ぼくはそんなことはないと思っているんですが、かれはそんなことを……」
「ちょっ……。ぽち、なにをいっているんだ?そんなこと、きみに一言だっていっていないだろう?」
「たしかにいっていないよ。でも、思っているじゃないか」
「まあ、な。って、思っていない。思っていないってば」
「主計ぉぉぉぉぉっ!」
またしても俊春にはめられた。
副長が拳固を喰らわせるために、こちらに向かってくるかと思いきや……。
まとわりつく市村をふりはらうようにし、いきなり方向転換し、おれたちの前から立ち去ろうとしたではないか。
まさかのフェイントである。
が、それを読んだ安富とお馬さんたちが、その副長のまえに並び立った。
「どいてくれ」
「いやだ」
上司の命令を、安富はソッコーで拒否った。
「さあ、わたしのかわいいお馬さんたち。頑固でかわいげのない男を笑ってやれ」
安富は、副長と睨み合いながら左右にいるお馬さんたちにいった。
「ブルルルルルルルル」
わおっ!お馬さんたちは、上唇を上げていっせいに笑ったではないか。
これってすごすぎないか?
この調子なら、終戦後にサーカス団を立ち上げ、世界をまわってもいいかもしれない。
いまこの時点で、お馬さんと犬がいる。俊冬と俊春なら、ひとっ走りして羆に鹿に狸に狐を捕まえてき、芸をするようお願いできるだろう。
って、やはりそれはダメか。動物愛護の精神上、そういうことはやっちゃいけないよな。
なら、鬼はどうだ?
しかも、イケメンの鬼だ。これだったら、世界中の女性の興味をひけるかもしれない。
「いたっ!いたたっ。相棒、やめてくれ。謝る。謝るから」
相棒がおれの脚を蹴りまくっている。
相棒は、おれが人類の叡智であるかれのことを、芸上手のわんちゃんにしてしまったことにたいして怒り狂っているようだ。
「くそっ!」
そんな相棒とおれの確執のなか、イケメンの鬼、もとい副長は舌打ちとともに回れ右をした。
「って、なにゆえ通せんぼをしやがる」
副長のまえに、つぎは蟻通と島田と伊庭が並び立ったのである。
ついさきほど俊春がおれをはめたのは、副長の気をひくためであったらしい。
その間に、俊冬が市村のことをみんなにしらせたにちがいない。
副長は、前進とバックすることをあきらめたようらしい。不意に体ごと右を向き、そのままダッシュしようとした。
即座に、俊春とともにその進路を妨害してやった。
あきらめの悪すぎる副長は、またしてもくるりと体を反転しておれたちとは反対の方へと駆けだそうとした。
が、そこには俊冬と田村と相棒、それから市村本人が立ちはだかっている。
副長は、これでもう四面楚歌状態である。
もっとも、地面を掘るって策があるかもしれないが。
「な、なんだ?」
副長は、狼狽しまくっている。
まるで債権者に迫られている債務者のごとく、きょときょとと四方を見回している。
そのおれたちの横を、何人もの将兵が通りすぎてゆく。
だれもがめっちゃ白い眼でみてゆく。
おれたちはいま、いわゆる五稜郭の玄関口でたむろしているのである。
通行人にとっては、邪魔でしかたがない。
したがって、白い眼でみられて当然であろう。




