みんなが手放したくない
「鉄?ああ、そういえば蝦夷を去るようなことを申していたな」
「ええ、島田先生。かれは、副長から佩刀である「兼定」とムダにカッコつけている写真を託されるのです。実家に届けるようにと。史実では、二股口の戦いのあった翌日、つまり今日箱館を脱出することになっています」
「なんだって?副長は、しっているのか?」
「伝えています。二股口へ出陣する日の朝、鉄本人にも伝えました」
「でっ、副長と鉄はなんと?」
島田は勢い込んで尋ねてきた。
お馬さんたちは、その脚を止めてしまっている。
島田に、ことの顛末を手短に説明をした。
副長は、市村を手放したくないのに依怙地になってしまっていて、市村を脱出させようとしていること。そして、市村は離れたくないと思っていること。
島田は、馬上でごつい顎に太い指を這わせ、かんがえこんでしまっている。
その島田に、田村は終戦まで蝦夷に残ることを補足説明しておいた。
「まあ、鉄はいきたがらぬであろうな。気持ちはよくわかる。わたしも、かれ一人でいかせるのは……」
島田は、やっと口をひらいた。
結局、かれもまた市村をいかせたくないわけだ。
情がうつっている。当然のことかもしれない。
「銀が残るのであったら、別にかまわぬではないか」
島田は、さらにいい募る。
「「兼定」と写真は、実家に届きさえすればいいのであろう?ならば、蝦夷にいる商人に頼んでもいいのではないか?」
おれたちがだまっていると、かれはめずらしく一方的にアイデアをだしてきた。
かれもまた、市村をよほど手放したくはないのである。
「おっしゃる通りです」
まず同意した。
それから、安富や沢や立川も、それぞれ日野を訪れる旨を伝えた。
「であれば、ますます鉄がいく必要がなくなるではないか」
「ええ。最初は、副長が意地をはって史実どおりにするつもりなら、鉄と銀を商人かだれかにでもあずかってもらおうって話をしていたんです。だいいち、拒否ってる鉄を説得することのほうが大変じゃないですか」
「それはそうだ。それであれば、商人にでもあずかってもらい、最悪の事態になれば、二人をそのまま逃すよう頼んでもいいかもしれないな」
島田は、俊冬と俊春に視線をはしらせた。
この二人なら、うまく渡りをつけてくれる。
しかも市村と田村を、身元素性がしっかりしていて信頼できる人物に託してくれるはずだ。
それなら、万が一にもおれたちが全員死んでしまうとか、会えそうにないとか、そういう事態に陥っても臨機応変に対処してくれるだろう。
市村と田村にとってよりよい方向に、である。
「まっ鉄と銀をあずける先は、どうとでもなります。箱館病院の高松先生にお願いをしてもいいですし」
俊冬である。
「そうか。さすがだな、たま。高松先生は、赤十字の精神にのっとり、いまも敵味方関係なく傷病人を診ているし、病院が襲撃されようとする際には、みずから攻撃しないよう交渉する。あの人なら、病院の敷地内にいるあらゆるものの生命を尊重し、護りきってくれる。ゆえに、すくなくともあそこにいれば、敵の攻撃でどうのこうのということはないだろう」
赤十字運動の先駆者は、その精神を貫くためには過激にだってなる。
高松凌雲は、ウィキに載っているように結構な、いや、かなりのイケメンである。
おなじイケメンでも、だれかさんとちがって友愛の精神に満ち満ちている。
したがって、かれならばあらゆるハラスメントやあらゆる暴力とは無縁のはずだ。
よくよくかんがえてみれば、いまからでも看護師とか理学療法士とか臨床検査技師とか薬剤師とかを目指したほうがいいのか?
さすがに、医師はムリだろうから。
だがなぁ、おれってばガチ文系だしなぁ。
おっと、医療事務もありか?
「きみがいったそのどれもが、いまのこの時代には必要ないよ。まぁ、しいていうなら看護師くらいかな?薬師もいるけどね。すくなくとも理学療法士や臨床検査技師はいないだろう」
「悪かったな、たま。ってか、いってないし」
くさってしまった。
せっかく転職をかんがえたというのに。
なんなら、履歴書を作成して就活してもいい。
絶賛戦争中の状態である。
箱館病院は常時求人しているだろう。web登録なし、書類選考なしで、簡単な面接程度で即決で雇ってもらえそうだ。
それこそ、にゃんこの手、わんこの手、ついでに主計の手を必要としているであろうから。
「もうっ!きみのその戯言のせいで、せっかく回復しかけているHPが減っちゃったじゃないか」
「戯言?悪かったよ、ぽち」
またしてもくさってしまった。
「問題は、副長ですね」
さすがは「わが道爆走王」。本筋に戻してくれた。
俊冬にいわれ、島田はおおきくうなずいた。




