HP回復待ち
「わかっているに決まっているだろうがっ!」
結局、副長から拳固を喰らってしまった。
戦地だと思えぬほど、夜は静かに更けてゆく。
翌朝、おれたちは一旦五稜郭に戻ることになった。
幾つかの事案を解決するためである。
伊庭も戻ることになった。
かれは、物資の補給のために戻るのである。
かれが木古内に戻る際は、俊春が同行することになるだろう。
木古内は、当面大鳥と人見が指揮をとるらしい。
そして、おれたちは五稜郭へ向け出発をした。
俊春は、まだ回復しきっていないようだ。
どうやら人見からお馬さんを借りたようである。かれは、俊冬と二人で乗っている。
その二人のお馬さんのうしろを、おれはお馬さんをあゆませている。
俊春は、俊冬の後ろに座っている。
そのかれの華奢な背に、声をかけてみた。
「ぽち、本当に大丈夫なのか?」
すると、俊春がかっこかわいい相貌をこちらに向けた。
「HPが減っただけだよ。もう間もなく回復する」
「HP?ああ、なるほど。だったらいいけど……」
おれのお馬さんのすぐまえを、相棒が機嫌よくあるいている。
「こんなところだと、「ポ〇モン」がいっぱいいるかな?」
俊春は、おれから周囲にひろがる木々を見回してつぶやいた。
「ああ、いるだろうな。ってか、さっきのHPって言葉といい、きみらはゲームにまで手を染めているのか?」
人類の叡智は、世間一般の娯楽もすべて精通しているらしい。
「ははっ!手を染めるって大袈裟だな。それほどじゃない。おれもこいつも、そんな暇はないからな。それに、日常的に人間やヤバい物資を捕獲しまくっている。そっちの方がずっと面白い」
俊冬は、まえを向いたまま笑う。
「だが、あれは世界的に流行っただろう?標的のなかには、あれをやっていることがあるんだ。悪党や強面も、ああいうのが好きな奴は好きだからね。そういうときは、バトルを装ってちかづいたりする。だから、まったくしらないわけじゃない。主計、きみはやっていたかい?」
「いや。残念ながらやっていない。周囲はやっていたがね。おれは、どうもああいうのは飽きっぽくって」
面白いんだろう。だが、おれはヤル気になれなかった。
「だけど、こいつはしたっぱにけなされてショックを受けていたな」
「そうだよ。あれは、けっこう傷つくね。それから、可愛い「ポ○モン」なのに進化したらとんでもなくごつくなるのって、あれはどうなのっていいたいよ」
「だったらおまえも最終進化したらごつくなるかも、だな?」
「もうっ! そんなわけないだろう?」
俊春と俊冬は、そんなやりとりをしている。が、その間も俊春は俊冬の背にもたれている。
かれのHPは、ゲームオーバーになる一歩手前まで減っていたのかもしれない。
そのあとは、そっとしておいた。
すぐにまた、かれは孤軍奮闘しなければならない。
俊冬と相棒が、おれたちと行動を共にするからである。
俊春は、伊庭を護ってくれる。
俊春自身の体のことも心配だが、それでもかれが伊庭を護り抜くことは間違いない。
せめてこのひとときだけでも、心穏やかにすごしてほしい。
心からそう願ってしまう。
五稜郭にちかくなってきたころ、お馬さんを俊冬と俊春にちかづけた。
二人は、すでにおれの気配を感じている。
俊冬が副長似のイケメンをこちらにさっと向け、また前方にそれを戻した。
そっと俊春をうかがうと、俊冬の背にもたれたまま瞼を閉じている。
眠ってはいないんだろうけど、瞼を閉じているところをはじめてみた気がする。
ってか、俊春は瞬き以外で瞼を閉じることができるんだ。
人体の秘密でもなんでもない。人間の当然の動作なのであるが、かれにいたってはそんな当たり前のことでもシンプルに驚いてしまう。
「本当に大丈夫なのか?」
俊冬に尋ねてしまった。
「きみは、疑り深いな。じゃあ、もしもわんこが大丈夫じゃなかったら、きみが八郎君を護るのか?きみが、迫りくる大軍を陽動攪乱したり、将官クラスを脅したりすかしたりしてくるのか?」
俊冬は、おれができるわけのないことを平気で並べ立ててきた。
ったく、俊春を心配しているだけのことなのにかわいくないよな。
「大丈夫だよ、大丈夫。ちょっと力をつかって疲れただけだから」
そのとき、俊春が俊冬の背中から上半身を正しながらいった。
その物憂げな声が、やけになまめかしい。
「だから、見ないで。いやらしいことをかんがえないで」
俊春がいつものようにあらぬ非難をたたきつけてきた。
だから、ちょっとだけホッとした。
「それで?鉄のことか?」
「わが道爆走王」俊冬が尋ねてきた。
そう。史実に従うなら、今日、市村はおれたちから離れることになっているのである。
「バタバタしていたから、かれについて話ができなかったんだ」
俊冬と俊春のお馬さんが速度を落としたので、おれもそれにならった。
「どうした?」
すぐさま最後尾にいる島田に追いつかれてしまった。
副長や伊庭たちは、おれたちに気がついていないようである。どんどん差が開いてゆく。
「鉄のことなんです」
副長たちがみえなくなったころには、おれたちのお馬さんたちはあゆみにかわっていた。




