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創作の世界を凌駕したワンコ

『横暴なリーマン課長、お調子者の部長に溺愛されて気がついたら番にされていた』


 いまの副長と大鳥の関係って、こんな感じか?


「さあ、みんな。物見をのぞいて夜営の準備だ」


 大鳥は真っ赤になって怒鳴り散らしている副長をスルーし、木々の間からみてみぬふりをしている将兵に指示を飛ばした。


 すると、かれの伝習隊の将兵たちが率先し、指示どおりに動きはじめた。


「では、土方君。ぼくらもはじめようか」

「やめろ。やめてくれ。おれは、自身の持ち場にもどる。そこをどきやがれぇぇぇぇぇーーーーっ!」


 あとずさりをする副長を、大鳥が逃すわけもない。


 大鳥はフットワークも軽く、あっという間に副長の近間まで距離を詰めると、そのまま抱きついてしまった。


 副長、おしあわせに。


 おれは、そんなしあわせいっぱいな二人に背を向けたのであった。


「主計っ!覚えてやがれーーーーーっ」


 副長の断末魔がきこえたような気がしたのは、きっと幻聴なのだろう。


 そんなほのぼのBL展開はさておき、副長の尊い犠牲の側で、俊春はまだ俊冬に頭を抱かれたまま動かないようである。


 その周囲を、島田と安富と蟻通、それから人見と伊庭が囲んでいる。


 相棒は、あいかわらず俊春にぴたりと寄り添い、双眸を細めて様子をうかがっている。


 すぐに駆けよってみた。


 おれのうしろは、副長の悲鳴と懇願、それから大鳥の機嫌のいい叫びでうるさいくらいだ。


「たま、ぽちは大丈夫なのか?」


 俊春の肩に掌をおこうとして、途中でそれをとめてしまった。


 俊春かれには、そういうスキンシップは逆効果だと思ったからである。


「ああ。ありがとう」


 俊冬は、めずらしく生真面目に応じた。


「精神を集中しすぎて、放心状態になっているだけだ」


 燃え尽きたってわけか。


 俊冬は、指が四本しかない左の掌で俊春の背をやさしくなでつつ、さきほどの奇蹟の詳細を語ってくれた。


 俊春が囮になって崖上にひきつけた敵の部隊は、四基のアームストロング砲を所持していたという。


 敵は、武器弾薬が潤沢にある。とはいえ大砲、しかも最新式の大砲四基がつかえなくなれば、その損害はかなりおおきい。


 俊春はそれを運ばせるように調整しながら、崖上までうまく誘導したのである。


 大砲四基を、いっきにぶっつぶすために。


 四基もの大砲をいっきに失えば、いくら新政府軍といえどかなりの痛手になる。


 そして、かれは崖上に誘導することに成功した。


 そのまま突っ込んでもよかったのかもしれない。もちろん俊春が、である。が、かれはその時点でくないしか所持していなかった。


 かれなら、くないでも大砲を破壊とまではいかずとも、大砲を撃てなくすることはできただろう。だが、万全を期したかった。


 大砲四基を、メンテすらできないほどぶっつぶしたい。


 だからこそ、今回の奇蹟を強行したかった。


 崖下にいる俊冬に、大砲の数と奇蹟を起こす旨を、中東の言語で伝えた。これは、その言語ならぜったいに理解できる者がいないからだ。


 その言語は、俊冬と俊春にとって日本語同様第二言語ようなものなのである。


 かれらは、子どものころ中東で暗殺に従事したり傭兵たちと戦闘をおこなっていたからである。


 あとは、みたままである。


 俊春は、落下しながら発射しかけている大砲の着火にあわせて四丁の銃を発砲、見事、大砲を爆破したわけである。


 映画や漫画といった創作の世界でも、これほどうまくいくわけがない。


 いいや。かれだけではない。俊冬と相棒との連携があってこその奇蹟である。


 ほぼ直角の崖を駆けのぼった俊冬の身体能力はさることながら、うまく銃を放り投げた相棒もすごい。さらには、それをキャッチし、落下する俊春の掌の届く範囲に落ちるよう銃を投げた俊冬もさすがすぎる。


 俊冬は、さらに衝撃的なことを語ってくれた。


 この奇蹟もまた、ただ突発的におこなわれたことではない。


 こういう状況をあらかじめ予測し、何度も何度も練習を重ねたらしい。


 俊春はそのつど失敗し、体のあちこちを地面に打ちつけたらしい。肋骨にひびが入ったり、痣ができたり腫れあがったりと、負傷してしまった。


 なんと、練習では一度も成功したことがなかった、とか。


「こいつは、いざというときはきっちりやってくれる。それでも、おれは反対した。失敗するようなことになれば、敵は崖下に向けて大砲をぶっ放す。そうなれば、被害は甚大になる。いや、全滅してしまうだろう」


 俊冬は、言葉をきって苦笑した。


 それを、おれたちは言葉をさしはさむことなくきいている。


「だが、おれの心配は杞憂に終わった。結果オーライってわけだ。今回のことだけじゃない。いつもそうだ。いつも、成功する。こいつは、マジですごいよ」


 俊冬は自慢げにいうと、もう一度俊春の頭を抱いた。


 俊春がすごいということはいうまでもないが、二人の関係に感動したというかなんというか、複雑な気持ちを抱いてしまった。


 相棒と視線があった。


 いつものようにフンッという塩対応されるかと思ったが、おれとずっと視線それを合わせたままでいる。


 おれの懸念を感じ取っているのだ。


 俊冬と俊春の関係が、もう間もなく絶たれるかもしれないという、おれの懸念を……。


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