二人の関係
俊冬と俊春は、なにやら小声で会話を交わしている。
すると、俊冬は俊春の頭をなでてから、その掌を自分の方に引き寄せた。すると、俊春の頭は自然と俊冬の胸に抱れることになる。
相棒は、その二人の横にお座りして静かに見守っている。
その二人の親密すぎる、っていうか近寄りがたい様子に、なにゆえか心がざわついてしまう。
声をかけることすらはばかれる。
「よくやった」
俊冬は、そのたった一語を俊春につぶやきつづけている。
かれは耳のきこえぬ俊春に、それだけを何度もつぶやきつづけている。
いつもはおたがいを悪くいったりすることもあるし、俊冬は俊春をいいようにつかっている感がある。
しかし、やはり二人は仲がいいんだ。っていうか、想い合っているんだ。
こんなことを、もう何度思ったことか。
俊春の頭髪に相貌をうずめ、おなじ言葉をつぶやきつづける俊冬をみながら、どうもおれの感じている二人の関係とはちがうのではないかと疑惑がわいてきた。
疑惑、というのはおおげさかもしれない。
ちょっとした疑問、かもしれない。
二人の正体をしるまで、双子だと思っていた。まぁ、その双子というのも疑ってはいたが、すくなくとも兄弟だろうなと思いこんでいた。
が、実際はちがう。
では、これは兄弟間の親密さではないわけだ。
ふと視線を感じた。そちらをみると、副長がみている。
そのなんともいえぬ表情に、ドキッとしてしまった。
いや、なにもイケメンだからっていうときめきっぽいものではない。
『詮索するな。そっとしておけ』
その副長の視線は、そういっている気がした。
鈍感なおれが、このとき副長の心がそうよめたのである。
みんなが俊冬と俊春に注目しているなか、副長とおれだけがそれをみることなくたがいにみつめあっている。
いつもだったらうれしいはずの、いや、ちがった。上司と部下の親密なアイコンタクトも、いまは微妙な感じしかしない。
「いいねー、いいよ。最高だ。さすがは、ぼくの「シェリー・ココ」だよ」
そのとき、奇蹟を目の当たりにした余韻をぶち破り、大鳥が掌をたたきながら二人に向かってあるきはじめた。
わお。もしかして、俊春の背中にくっつくとか?
ヤバい。ヤバし、じゃないか。
俊春は、江戸で「デコちんの助」こと大村益次郎に抱きつかれたことがある。っていっても、性犯罪的なアクションではない。にゃんこ嫌いの大村が、にゃんこに飛びかかられて恐慌をきたし、ちかくにいた俊春に抱きついたのである。
大村に殺意や害意があれば、俊春はいつものごとくクールに対処できただろう。が、大村にはまったくそういう気はなかった。ゆえに、俊春も動けなかったにちがいない。
フリーズしたPCのごとく、俊春は指一本動かすことができないほどかたまってしまった。
俊春が子どものときに受けた性的虐待によるトラウマ……。その怯えからきていたのだということを、いまでは理解できる。
ということもあったから、大鳥が背中にくっつこうものなら大変なことになってしまうだろう。
それにしても、俊春は具合でも悪いんだろうか。
まだ両膝を地につけ、俊冬の胸に上半身をあずけている。
大鳥が二人の遠間に入るか入らないかのところで、俊冬がそれに気がついた。
当然、俊冬は大鳥に制止するよう、口を開きかけた。
俊春のトラウマについては、だれよりもかれが一番よくわかっている。
が、かれが口を開くことはなかった。
いつの間にか、副長がかれらと大鳥の間に割って入っていたからである。
厳密には、大鳥が二人にちかづくことのないよう立ちはだかったのだ。
「大鳥さん。しばしそっとしてやってほしい。すごい業を披露して、つかれているようだからな」
「これは、ぼくが浅はかだった。あまりにもすごかったので、つい興奮してしまったよ」
大鳥は、すぐにひいた。
かれのこういう素直で物分かりのいいところは、好感がもてる。
もちろんそれは、人間として、それから上司としてという意味である。けっしてBL的観点からではない。
当の大鳥は、餌を掌にしている飼い主を見上げるわんこみたいに、瞳をきらきらさせ、ムダに『はっはっ』と荒い息をついて興奮している様である。
副長のまえで『はっはっはっ』と荒い息をしているのをみると、ちがう意味で興奮しているようにしかみえない。
「この興奮は、なかなかおさまりそうにないね。そうだ、土方君。崖上も静かになったみたいだし、さっきのつづきをやらないかい?きみとぼくの、肉体と肉体のぶつかり合いだ」
そういえば、ついさっきまで『わーわー』とさわいでいた崖上は、すっかり静かになっている。
俊春がなにを狙撃したのかはわからないが、とりあえず敵の部隊は逃げてしまったのだろう。
「な、な、なにーーーー?あんた、なにをとち狂ったことをいっていやがる?」
ざまぁだ、ざまぁ。
おれのことを散々BL呼ばわりし、受けだの受けだの受けだのと、根も葉もない嘘を拡散しまくった罰だ。
ふふん、副長さん。
あなたこそ、受けになってしまったのではないですか?




