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いったい何をするつもりなんだ?

 副長や島田に「シェリー・ココ」の意味を伝えると、副長がつぶやいた。


「ぽちがそんなにかわいいのであれば、ぽちの背にくっついていやがれっていうんだ」


 副長は、部下を平気で生贄に差しだすようだ。


 上司のモラルを疑っていると、俊冬と相棒が崖の上に視線を向けていることに気がついた。


 かれら(・・・)視線を追った瞬間、崖の上になにかがあらわれた。


「えええっ?ぽち?」


 たしかに、あれは俊春である。


「わんこは、二百名ほどの隊を陽動したのです」


 俊冬が、副長たちにそう告げた。


 そのとき、頭上から俊春の声が落ちてきた。かれは、崖を背にしている。おそらく、かれの眼前に敵軍がいるのか、あるいは迫りつつあるんだろう。


 俊春は、なにやら叫んでいる。


 いま、かれが用いている言語は日本語ではない。イスラム語とか中東の言語のようである。


「まったく。どうしろというんだ?まだ一度だって成功したことがないっていうのに」


 俊春の叫び声がやんだと同時に、俊冬が相棒をみおろしてつぶやいた。すると、相棒がみじかくうなり声をあげた。


 いまの相棒のうなり声が、俊冬の謎めいたつぶやきに同意しているのか、あるいは異を唱えているのかは、あいにくわからない。


「わかった。わかったよ。ああ、年寄りをこき使うなんて、いまどきの若い者はなっておらん」


 さらなる俊冬の謎めいたつぶやき。そして、相棒のうなり声。


「大鳥先生。「シェリー・ココ」のために、銃を四丁お借り願えますか?」

「もちろんだとも」


 大鳥は、俊冬の願いを快諾した。合図を送ると、かれの腹心の一人である本多ほんだがすぐに銃を四丁もってきた。


「ありがとうございます」


 俊冬は、本多から銃を受け取った。


 そして、それらをおれに差しだしてきた。


 はい?


 意味不明の状態のおれの頭に、またしても俊春の声が頭上から落ちてきた。


 つぎは、日本語である。


 崖の上を見上げ、耳をすまして落ちてくる俊春の声に集中してみた。


「わたしは「狂い犬」。険しき道をご苦労なことだ。その労に報い、いいことを教えてやろう。この崖の下に、箱館政府の軍が潜んでおる。ここから大砲をぶっ放せば、甚大な損害を与えることができよう」


 なんと、そんなことを呼びかけているではないか。


 俊春、なにをかんがえているんだ?


 せっかく、みずから囮になることで大鳥らを救ったというのに、頭上からおれたちを攻撃させるというのか?


 だが、俊春のことだ。なんらかの意図が、いや、策があってのことにちがいない。


「主計、よくきいてくれ。これらの銃四丁を、順番に兼定兄さんに投げるんだ。兼定兄さんが銜えられるように、銃把をかれに向けてな」

「たま、きみらはまたなにをするつもりなんだ?」


 おれだけではない。副長や島田や蟻通、それから伊庭も期待大の様子で俊冬を見守っている。


「きまっているだろう?奇蹟ミラクルさ」


 かれは、副長のコピーのごときイケメンに不敵な笑みを浮かべた。頬の傷が、そのイケメンで躍っている。


「さあっ、なにをしておる?大砲の準備をせよ。崖下には敵のお偉いさんも複数人いる。仕留めれば、大手柄だ。長州や薩摩をだし抜けるぞ」


 そんな間でも、俊春は敵に攻撃するよう勧めている。


 しかも、落ちてくるかれの声は耳に心地いい。


 すぐに気がついた。


 俊春は、チートスキル「暗示」を発動しているのだ。


「主計、おれはゆく。頼むぞ」

「え?あ、ああ」


 俊冬は、おれをうながしてから相棒にも「頼みます」と声をかけた。それから、腰の「関の孫六」と掌に握る俊春の「村正」を島田にあずけ、すこしはなれたところに移動した。そこで軍靴と靴下を脱いで裸足になり、ピョンピョンと飛び跳ねて準備運動のようなことをはじめた。


 頭上では、俊春の暗示にかかった敵の部隊がいわれるままに攻撃の準備をしはじめているようだ。


「撃ち方準備」という指示がきこえ、慌ただしい雰囲気が頭上から落ちてくる。


「いいぞ、その調子だ。であれば、わたしは邪魔であろうからお暇させてもらおうかな」


 また、俊春の声が落ちてきた。すると、崖上からかれがこちらを見下ろした。が、また背を向けた。


 って視覚した途端、かれが背中から落下した。


 三十メートルくらいある崖上から、かれが落ちたのである。


 って驚きに目をみはるまでに、地上では俊冬が崖に向かってダッシュした。


『ウウウウッ!』


 すぐ側では、相棒がおれを見上げてちいさくうなっている。


 ああ、そうだ。驚いている場合ではない。


 おれは俊冬の指示どおり、一丁めの銃を相棒に放った。


 相棒は、おれの投げた銃の銃把をうまくキャッチした。って思う間もなく、頸をひねると思いっきり振った。


 相棒の口から解放された銃が、すごい勢いで空へと飛んでゆく。


 俊冬は、そのころには崖の下に達していた。すると、驚くべきことに崖を斜めに駆けのぼりはじめたではないか。


 おれの周囲だけでなく、林のなかで隠れている味方からどよめきが起こった。

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