木古内へ様子を見に行く
俊冬と俊春が戻ってきた。
二人は、敵が残らず撤退したかどうかを物見にいっていたのだ。
「伏兵がいましたが、撤退してもらいました」
俊冬が報告をした。
その方法は、尋ねる必要はないだろう。
俊冬の横に立つ俊春は、さすがに疲労の色がでている。
「二人とも、よくやってくれた」
副長は俊春の懐に入り、土や硝煙で薄汚れた掌を伸ばして俊春の頭をなでた。
じょじょに夜が明けつつある。雨は、止んでいる。
おれたちは、一晩中戦いつづけたのだ。
「このまま木古内へ向かいます」
俊春がいった。
副長が『すこしは休め』といったところで、責任感の強いかれのことである。きくわけもない。
副長はかれにたいしてはなにもいわず、古参隊士と伝習隊の歩兵頭を呼んで幾つかの指示をあたえた。
警戒にあたるようにとか、武器弾薬を調べ補充するようにとか、再度攻めてくるまですこしは間がある。交代で箱館に戻ってリフレッシュするようにとか、もろもろ伝えた。
「ここはしばらくは大丈夫なんだろう?おれたちもゆく」
古参隊士たちが下がると、副長がいった。
おれたちというのが、島田に蟻通におれ、それから俊冬に相棒であることはいうまでもない。
そんな副長の無茶ぶりにたいして、俊春はなにもいわない。
自分が休めと命じられて拒否るのと同様、副長にやめるよう、戻って休むよう勧めても拒否られることがわかっているからだ。
そして、おれたちは朝靄のなか、木古内へと向かうために安富が控えている場所へと向かった。
このまえ偵察にきたときとおなじところで、安富とお馬さんたちが待ってくれている。
今回、安富は参加しなかった。
それは、戦闘にという意味である。
かれは、万が一の伝令として控えていたのである。
もしも戦線を突破されるようなことがあれば、榎本に知らせにゆく必要がある。
俊冬と俊春をのぞいては、安富ほどお馬さんにうまく乗れる者はいないだろう。
日本在来馬にかぎっていえば、もしかすると現代にいるどんな名ジョッキーよりもうまくお馬さんを駆けさせることができるかもしれない。
それは兎も角、俊冬と俊春以外はお馬さんに乗せてもらい、残りのお馬さんたちは古参隊士たちに任せた。
また物資を運ばねばならない。そこは、五稜郭に戻り、待機している沢と久吉がうまくやってくれるだろう。
安富は、一晩中待たされた。だが、かれは文句ひとついってこない。
一晩中どんぱちの音がしていたのである。かれもそこはよく承知している。
安富は、木古内に向けてお馬さんたちが並足で駆けだしてからつぶやいた。
「みな、無事でよかった」
「お馬さんたちは、怯えていなかったか?」
まえを駆ける副長の耳に、そのつぶやきが届いたらしい。
副長が振り返らずに、そう尋ねた。
「みな、身を寄せ合い怯えておった。「竹殿」も「梅ちゃん」も、みなのことを案じておったぞ」
まぁ、お馬さんたちがおれたちのことを案じていたかどうかはわからないが、安富がそんなことをいってくることじたいがめずらしい。
「ああ、そうだな。あいつらががんばってくれたからな。無論、新撰組だけでなく、衝鋒隊や伝習隊やフランス軍の兵たちも一晩中がんばってくれた」
副長のいう『あいつら』が、俊冬と俊春であることはいうまでもない。
そのあいつらと相棒は、すでに木古内へ先行している。
安富は、「そうでしょうとも」的にうなずいた。
「それで、副長は?なにか一つでも役に立ったのか?弾丸の一つでもぶっ放したのか?」
ついさきほどまでの、「無事でよかった」、「おつかれさまでした」という雰囲気が一変し、安富は突如身も蓋もないことを副長の背中にたたきつけた。
「ああああ?当然のことを尋ねるんじゃない」
そして、副長はしれっと自分も必死にがんばったと嘘をついた。
その瞬間、おれだけでなく島田と蟻通が、「おいおい」って心の中でツッコんだのはいうまでもない。
「それは愚問であった」
安富は信じていない。が、面倒くさいのであろう。ただそう答えた。
だったら、最初っからきかなきゃよかったのでは?
と思った次第である。
木古内までは結構距離がある。
いったん箱館へ戻り、そこから南西のルートをとらなければならない。
まっすぐいけなくもないのかもしれない。だが、馬では無理だし、道なき道をゆかねばならない。
俊冬と俊春がいてくれれば、なんとか進めるかもしれない。が、かれらは先行している。
とてもではないが、道案内がいなければそういうまっすぐのルートをとることはできないだろう。
熊や予期せぬ危険に遭遇したり、歩けそうなところを探したり、なんていう時間のロスもかんがえられる。
それであれば、迂回ルートをとった方がよほど時間短縮だし、危険もすくない。
というわけで、俊冬と俊春は最短距離をいっているはずだ。
駆けに駆けつづけ、ようやく木古内らしきところにいたった。




