二股口での戦い 第一戦目
「いいか。ここでの戦いは長期戦になる。だがな、この一戦、かならずや勝てる。それを信じ、みなひたすら撃ちまくれ」
副長は、あらためてそう告げた。
集まっている士官や隊長は、心打たれたかのように強くうなずいた。
うーんって感もなくはないが、これで一応指揮官土方の体裁は整っただろう。
「ぽち、いくのか?」
木の蔭で黒装束に着替えている俊春に声をかけた。
「こないで」
すると、ぴしゃりといわれた。
「きみは、いつもぼくが裸になったときにちかづいてくるよね?」
「な、なにをいっているんだ?たまたまだろう?なにもそのタイミングを狙っているわけじゃない」
「どうだか」
「どうだかって、そんなわけがないだろう?」
また不毛ないい争いである。
だいたい、おれがなにをするっていうんだ?
誤解もいいところだ。
「おいおい、またぽちいじめか?」
「って蟻通先生、ちがいますって。ぽちが自意識過剰なんですよ」
「まっ、ぽちはかわいいからな。おまえの想いもわからぬでもない。だが、いまここでどうにかしようなんてことはいただけぬぞ」
「だから、ちがいますって。ってか、蟻通先生もぽちをかわいいって思ってるってことですよね?」
「ああ。かわいいだろう?だれもがそう思っている。わたしだけではない」
それがなにか?、的にかえされてしまった。
「まったくもうっ!もういい、もういいよ。はやく着替えていけよ。気をつけろっていいたかっただけなのに、とんだ誤解だ」
めっちゃくさってしまう。
軍靴の先で足許の草を蹴っている間に、俊春は着替えおわったようである。
「マジで気をつけろ」
かれが間隔をあけて通りすぎようとしたとき、そう声をかけた。
ってか、口の形をおおきくしてそう伝えた。
「ありがとう」
俊春はかっこかわいい相貌に、蟻通をふくめみんなが認めるかわいい笑みを浮かべた。
ううっ、たしかにかわいい、かも。
思わずキュンときた……。
「やっぱり腐男子だ」
その瞬間、俊春がささやいてきた。
「だ、だから、だからだな……」
いまのは、たしかにヤバい。思わず抗弁しようとしたところに、俊春が相貌をよせてきた。
とはいえ、懐に入らないだけの距離は置いている。
「ありがとう、ハジメ君」
そうささやくと、かれはさっさと副長と俊冬のところにいってしまった。
その華奢な背をみながら、俊春ってわんこっぽいなとつくづく思ってしまった。
敵が迫ってくるのを肌で感じる。
全員が、緊張と不安とともに胸壁に身を隠している。
この感覚は、もう何度も味わっている。
当然のことながら、おれは戦争をしらない世代である。親父もそうだ。
親父の親父、つまり父方の祖父は、第二次世界大戦を経験している。とはいえ、二つとか三つとか、まだ戦争を理解できない年齢だったらしい。その祖父の親父、ひい爺さんは徴兵を免れた。なんでも、生まれつき片脚が不自由だったらしい。
そんな相馬家代々の戦争体験は兎も角、戦争をしらない世代のおれが、これだけ戦争にというよりかは戦にどっぷりつかり、慣れてきている。
これは、不思議としかいいようがない。
そして、それはおなじ現代人である俊冬と俊春とのちがいでもある。
かれらは対テロや戦争に備え、物心ついたころから訓練を受けている。
いや、そのために生まれたといっても過言ではない。
かれらは、この戦についてどう思っているのであろう。
そのとき、二股口に乾いた幾つもの音が響き渡った。それから、喚声も。
俊冬と俊春が定めた攻撃地点に、俊春があらわれた。その俊春を追って、敵の部隊が殺到してくる。
そして、敵はおれたちがはりめぐらせている陥穽にまんまとはまった。
副長が無言のまま銃を振り上げ、それを振りおろした。
攻撃開始の合図である。
敵の正面にいる組が銃を撃ちはじめた。
敵の脚が止まった。同時に身を低くし、隠れる場所を探す。
が、そのあたりにはなにもない。ということは、かれらは反撃して敵、つまりおれたちを斃すしか生き残る術はない。
だから、そうする。すると、側面からの攻撃が開始される。
そのときには、俊春はすでに別の隊を迎えに行っている。
こうして、二股口の戦いの幕が切って落とされた。
雨の降るなか、戦闘は史実どおり半日ちかくにおよんだ。
その間、おれたちは小休止しながら交代で銃を撃った。一方で、俊冬と俊春はずっと稼働しつづけていた。
とくに俊春は、陽動や攪乱や物見とフル活動しまくっている。
「敵が退いたぞ」
副長の怒鳴り声で、とりあえず今回はしのげたことをしった。
ここでの戦いは、まだつづく。敵は、今回を踏まえてさらに数を増して再度挑戦してくるのだ。
なにはともあれ、勝利した。
だれもが歓声を上げ、勝利をよろこんだ。




