市村の気持ち
こういうシチュエーションでは、市村を抱きしめてやって『よしよし』するのが、正しい対処方法のはずだ。
だが、それはセクハラにあたる場合がある。
野村あらためジョンは、高確率でそれをセクハラ認定するだろう。
いや、そんななまやさしいものではないかもしれない。
少年性愛者認定する。
それでなくとも、認定をしかけている。
野村なら、千パーセントの確率でする。
ならば、どうすればいい?
なんらかのリアクションをおこさなければ、市村は自分が見捨てられると判断してしまうかもしれない。
そんなことはさせてはならない。
だったら、どうしろっていうのだ?
たとえおれが性犯罪者呼ばわりされることになっても、市村をギュッと力いっぱい抱きしめ、「そんなことはないよ」といってささやくべきだ。
そう。そうすべきだ。
唾を吞み込んでしまった。緊張する。
なにゆえ、ハグをするのにこんなに勇気が必要なのだ?覚悟をしなければならないのだ?
しかも、宙ぶらりんになっている両腕がめっちゃつかれてきている。
そして、ついに市村を抱きしめようと腕を動かしはじめた。
が、その瞬間市村がすっと離れてしまった。唐突に、である。かれはそのまま両膝をおると、いつの間にかちかづいてきていた相棒をぎゅぎゅぎゅーっと抱きしめた。
「やっぱり、主計さんより兼定だよね」
そして、かれは衝撃的な一言をのたまった。
「兼定と離れたくないよ。いっしょにいたいよ」
相棒は市村にむぎゅーっと抱きしめられつつ、こちらを下から目線でみている。
その勝ち誇った感満載の狼面を目の当たりにし、敗北感がぱねぇ。
だが、クールな大人のおれは、そんなことをおくびにもださない。さらには、器のでかいおれは、笑顔で神対応しなければならない。
「鉄、気持ちはよくわかった。できるだけそうならないよう、ぽちたま先生と話をしてみるから。それと、このことは副長には内緒だぞ。もしも、副長がこのことでなにかいってきたら、はじめてきいたふりをするんだ。銀、おまえもだ」
念をおしておかなければならない。
「うん。わかったよ、主計さん。鉄っちゃん、ぽちたま先生がいるんだ。きっといっしょにいられるよ」
田村はシャツの袖で涙をぬぐうと、こちらに駆けてきつついった。
はいはい。ぽちたま先生がうまくやってくれるさ。
大人なおれは、そんなことはちーっとも思わない。
そのかわり、さらに笑顔を満面に浮かべた。
「主計。おまえ、相貌が痙攣しているぞ。きしょすぎる」
さらには、野村あらためジョンもちかづいてきた。
しかも、イケメンに難癖をつけてきた。
ふんっ!やっかみやがって。
大人なおれは、そんなことをまーったく思わない。
よし。とりあえずは、市村の気持ちをしることができた。
これでよしとしようじゃないか。
自分に何度もいいきかせつつ、称名寺へもどった。
いよいよ出陣する。
新撰組の本隊は、弁天台場に向かう。全員がというわけではなく、一部は大鳥率いる伝習隊に組み込まれたり、それ以外の隊と行動を共にする。
後年、島田がみずから書き記したといわれる「島田魁日記」によると、島田自身や蟻通、それから古参隊士の一部だけが、副長と行動を共にするという。
同日記によると、それは副長の親衛隊みたいなもので、「守衛新撰組」らしい。
が、それはあくまでも島田の日記のみにみられる隊名である。ほかの文献や資料にその隊名の表記はない。
その「守衛新撰組」なるものは、蝦夷に上陸した当初からの隊らしい。野村やおれは、そこにはよされていない。つまり、ハミゴってやつだ。
それは兎も角、実際のところは、副長も隊士たちのほとんどと離れたがらないし、隊士たちも副長のことを慕っている?
おっと、思わずクエスチョンマークでもって表現してしまったが、とりあえずはここにきてやっと史実にちかい状態になったわけだ。
今回は、市村と田村も参加することになった。それから、久吉と沢もである。
戦闘に、ではない。
土塁胸壁を築くためである。
ある程度目途がついたら、かれらは五稜郭にもどることになる。
力仕事をさせられるというのに、子どもらは参加できることじたいがよほどうれしいらしい。
朝食前に副長から命じられ、テンションマックス状態で朝餉を喰っていた。
朝食前には、安富と久吉と沢がお馬さんたちを連れてきた。
それからすぐに、桑名少将の側近である森がやってきて、隊士のほとんどを連れて弁天台場へと出発した。
何頭かお馬さんを連れてゆくため、森は安富からレクチャーを受けなければならなかった。
ちゃんとした桑名藩の武士であり、乗馬も達者なはずの森にすれば、いい迷惑だったにちがいない。
が、常識人で大人なかれは、生真面目にうなずいては安富のレクチャーを受けていた。
さて、こちらもそろそろ出発である。




