依怙地な副長
「鉄を戦場に連れてゆくわけにはいかぬ。かと申して五稜郭か称名寺に残すことで、なにかあるやもしれぬ。まさか、ぽちたまのどちらかを護衛につけるわけにもいかぬ。当然、島田や勘吾を護衛につけるわけにもいかぬ。つまり、鉄を護ることのできる者がいないというわけだ」
「だったら……、そうだ。アイヌの集落でしばらく預かってもらったらどうでしょう。銀とともにです。子どもだったら、アイヌの人たちも警戒しないでしょう」
「きみ、ますます冴えているね」
俊春がウインクしてきた。
ってウインク、めっちゃうまいじゃないか。
「副長。このまえ、副長の名代として訪れた集落は、まだ好意的でした。なんなら、夜明けに訪れ、頼んできます。ねぇ、にゃんこ?」
「ああ、そうだな。副長、鉄と銀にとってもアイヌをしるいいチャンスかもしれません」
「あ、アメリカかイギリスかロシアか、兎に角、異国の商人にあずかってもらうっていうのもアリかも。鉄と銀には英語の勉強、あるいは商人に渡りをつけておけ、と命じればいいかもしれません。こっちのほうがいいかも。二人とも、英語を学べるっていうんでよろこぶかもしれないし。なんなら、利三郎あらためジョンももれなくつけてもいいし」
「きみ、めっちゃ冴えてるじゃない?なんかきみの人生、この冴え具合ですべておわってしまう勢いだよ。ねぇ、にゃんこ?」
「ああ、そうだな。人生の運をすべていま、このときに使い果たしたって感じだ」
「な、なんでそうなるんだよ。おれだって、たまには冴えることもあるんだよ」
俊冬と俊春にからかわれ、思わず腐ってしまった。
が、相棒が眉間に皺をよせ、副長を見上げていることに気がついた。
そのイケメンの相貌にも、相棒同様めっちゃ眉間に皺がよっている。
「副長?」
四人でその副長に注目した。
だまりこくり、なにかかんがえている。
「副長、鉄もぜったいに離れたがらないはず……」
「副長、まだ間があります。どうかしばしご検討を」
俊冬は、おれがまだ市村残留をいい募ろうとするのをさえぎっていった。
すると、副長は一つうなずいた。
「そうしよう。悪かったな。しばしの間でも眠ってくれ」
副長は、それだけいうと自分の部屋の方へあるき去ってしまった。
その背を見送ってから、肺にたまっている空気を吐きだした。
「なんでとめたんだ?」
俊冬に体ごと向いて尋ねると、かれは両肩をすくめた。
「副長は、依怙地になっている。いまはあれ以上なにをいってもムダさ。残すことに余計に反対する。時間をおいたほうがいい。それは、おれたちも同様だ。鉄にとっては迷惑かもしれないだろう?かれにとってどうするほうがいいか。ここはやはり、本人に尋ねるほうがいいと思う。その上で、よりよい方法をかんがえよう。鉄が残りたくって副長が反対するのなら、この戦がおわるまでアイヌか商人の庇護を受ければいい。そのくらいの手配は簡単だから。かれが日野経由で丹波にいくことを望むというのなら、そうすればいい」
俊冬の言葉をききながら、自分の暴走を恥じた。
たしかにそうである。
副長もおれも、本人の気持ちなどかんがえてやしない。
本人の気持ちがあってこそ、じゃないか。
「どうだい?今朝、出陣のまえに鉄に告げ、しばしかんがえてもらうということにすれば」
「わかった。たま、きみのいうとおりだ。ぽち、きみもいいね?」
俊春に尋ねると、かれもかっこかわいい相貌を上下させて了承してくれた。
朝、俊冬と俊春は朝餉の準備があるため、相棒とおれとで打診することになった。
ではない。さすがの人類の叡智も、残念ながら人語を話すことはできない。人語を解したり、人間の心のなかを感じることはできても、直接人間の頭や心のなかに呼びかけたり指示したりすることはできない。それは、創作の世界のなかだけである。
はやい話が、相棒は横で見守るだけで、おれが市村に告げることになる。
朝餉の前に告げることにした。
市村だけ呼びだすのもなんだ。だから、田村にも話すことにした。
相棒の散歩に二人を誘ったのである。
さいわいなことに、副長はまだ眠っているようである。
そして、おれはこのことで頭がいっぱいになっていて、ウトウトした程度である。
当然、寝不足状態ってわけだ。
「ねえ、主計さん。ぽちたま先生は?」
「いっしょじゃないとつまらないよね」
称名寺の門をくぐってすぐである。
市村と田村は、おれをさしおいて俊冬と俊春を求めだした。
「二人は、朝餉の準備だ。だから、今朝は四人でいくんだ」
たしか、相棒の散歩という名目のはず。
それが四人でいく、といのもなにかちがう気がする。
その相棒の綱は、市村が握っている。
市村と田村にはさまれ、相棒は人っ気のない通りを機嫌よくあるいている。
この辺りの人たちも、いよいよ敵が上陸してくるというので警戒しているのである。
その人たちにとったら、じつに迷惑な話であろう。
本土から攻めてきて、一時的に統治するようになったおれたち。そのおれたちを征伐しに、本土からさらに大軍がやってくる。
ここで生活している人々にとっては、はた迷惑でしかないだろう。




