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こ、こんなに元気なのに死ぬの?

「まさか、まったくきいていなかったんですか?」


 伊庭が信じられないって声で尋ねると、人見は小ぶりの頭を音がするほど左右に振った。


「いやいや。大丈夫、だと思うから」

「たま、勝太さんにもう一度最初から話してあげて」


 人見が急に頼りなく思えてきた。


 とはいえ、人見と伊庭って、けっこういいコンビじゃないか。


 ちょっとうらやましい、もとい、こういう関係はじつにいいのではなかろうか。


 そんなおれのジェラシーなどおかまいなしに、俊冬は再度おなじことを語った。要所要所で、人見に起きているか確認するところが草すぎる。


 人見もまた、生真面目に応じている。


 ってか、さっきも表情かおがかわったり、うなずいていなかったか?


 あれで眠っていたんだったら、めっちゃ器用じゃないか。


 人見の意外な一面っていうよりかは、すっげーわざをみせつけられたって感じである。


 俊冬のリピート再生がおわった。


 いまのリピート再生は、さすがに人見も居眠りをぶっこいていなかっただろう。おそらく、だが。


「いまの話を考慮していただいて、これからの話をきいてもらいたいのです」


 俊冬は、人見がおれたちのことをどう思っていようがそこはスルーし、今回のメインの話を告げるらしい。


 まぁ、人見がおれたちの存在を信じようが信じまいが、ようは伊庭の生命いのちを救う協力をしてくれればいい。


「宮古湾海戦」のときの甲賀や荒井同様、実は信じるふりをしているのでもいい。ようは伊庭の生命いのちが助かる。これに尽きる。


「八郎君は、この後の木古内での戦いで被弾します。致命傷を負うのです。そして、もうじきわれわれは負けます。榎本総裁が降伏を決意するのです」


 静かに告げられ、人見の相貌かおに変化があるかとガン見していたが、わずかにハッとした程度でおおきな変化はなかった。


「八郎君は五稜郭に運ばれ、その開城まえにモルヒネを呑んで自害することになっています」


 人見にとっては、その方が敗北よりよほどショックにちがいない。


 隣に座る伊庭を、はじかれたように見た。


「そ、そんな……。こんなに元気でわたしに文句ばかりいっているのに……」

「ええ。いまはまだ撃たれていませんからね」


 ショック大の人見に、冷静に応じる伊庭が最高である。


「人見さん。死ぬはずなのはほかにもいる。否、いたといってもいいな」


 そのとき、副長がきりだした。


 カップの中にコーヒーはなくなっており、当然皿の上にパウンドケーキの姿はない。


 副長は、視線を庭へと走らせてムダに間をおいてから形のいい口をまた開いた。


「このまえの宮古湾の戦いで、甲賀君も死ぬはずだった」

「回天の艦長の甲賀君?たしか、重傷で……」


 そう。重傷と偽り、戦線離脱をはかったのである。


「宮古湾海戦」で生き残りはしたものの、油断はできない。史実はあきらめず、この戦いのどこかで甲賀を史実ここから消してしまうかもしれない。


 甲賀と荒井と話し合い、戦闘中に重傷を負ったことにして戦線離脱することになったのである。


「たとえ宮古湾で生き残っても、そのまま戦にでれば戦死するやもしれぬ。重傷を負ったことにし、離脱してもらったんだ」

「……」


 人見は、無言でうなずいた。

 正直、そのうなずきの意味はわからない。


「それから、新撰組うちのそこにいる馬鹿とはちがう馬鹿と、彰義隊と神木隊の何名かも死ぬはずだった」


 副長がこちらを顎で指し示した。


 キョロキョロと左右を見回してみたが、そこにいる馬鹿を見つけることはできなかった。


「彰義隊と神木隊に関しては、死ぬ者が特定ができなかった。ゆえに、事前に隊ごとほかのふねに乗せた。回天には、そのかわりに新撰組うちの幹部を乗せたってわけだ。新撰組うちの馬鹿の戦死は、ずっと未来に史実として伝わっているらしくってな。それをかえることのないよう、死なせなきゃならない。ゆえに、ぽちが影武者を務めて死んだようにみせかけた」


 その瞬間、島田と蟻通と伊庭がふいた。それから、思いだし笑いをはじめた。


 きょとんとしている人見に、副長が例の「たたないんだー」宣言からの甲鉄からの投身自殺を面白おかしく語ってきかせた。


 もちろん、それにいたる超絶カッコいい大活躍を語るのも忘れてはいない。


 人見は、くつくつと笑っている。


「直近ではあの海戦だが、それまでにも助かった生命いのちはすくなくない。それらすべてが、こいつらの知識と力だ」


 人見は、静かにうなずいた。


 そして、しばらくかんがえていたが、口を開きかけた。が、途中でとまった。


 しばし、副長と見つめ合い、ついにはそれを閉じた。


 おそらく、近藤局長のことをいいたかったのだろう。が、副長とアイコンタクトをとることで気がついたのだ。


 つまり、近藤局長自身が助かることを望まなかったということを。



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