人見、やらかす
伊庭がキラキラしているだなんて、おれはこんなときになにをいっているんだ?
自分で自分にダメだしをしている間に、伊庭はさきほどより激しく人見を揺さぶりはじめた。
「脳に、頭の中にある血の管にふくらみができて、それが突然破裂することだよ」
俊冬が沈着冷静に解説してくれた。
が、伊庭はきいちゃいない。さらにさらに激しく、人見を縦に横に揺さぶりまくっている。
こりゃダメだ。
助かるものも助からない。
絶望的になった途端……。
「フガガ、フガ?おや?」
人見が頭を上げたのである。
「勝太さん。その癖、いいかげんにしてもらわないと」
「ああ、すまない。またやってしまったか。腹がいっぱいになって、ついやってしまった」
「やってしまったなんてものじゃありませんよ。まったくもう。不気味すぎますし、人騒がせすぎます。ほら、ごらんなさい。みなさん、驚きまくっていますよ」
伊庭は、唖然としているおれたちを分厚くて剣ダコのできている掌で指し示した。
「これは、申し訳ありません」
人見がテヘペロった。
「いったいなんだったんだ、いまのは?」
副長が、おれたちの疑問をぶつけてくれた。
「人見さんは、双眸を開けたまま眠るのが得意なんです。しかも、ところかまわずちょっとした隙に眠ってしまうものですから、だれもが驚きます。わたしも、最初は何事かと驚いたものです。いまではもう慣れてしまいましたがね」
かれに説明をしてもらっても、驚くことにかわりはない。
瞼を開けたまま眠る?
き、器用すぎる。
「傑作だったのは、京にいた時分に豚一将軍から訓示かなにかを直立不動の姿勢で受けたことがあったのです。その際、そのままバタリと倒れてしまったのです。それはもう、その場が騒然としました。ごまかすのに往生しましたよ」
豚一将軍というのは、徳川家最後の将軍である徳川慶喜のニックネームである。
薩摩産の豚を好んで食したということから、そう呼ばれていたらしい。
ってか、なんかすっげーオチじゃないか?
人見にしてやられた感がぱねぇ。
「いやー、昔っから寝つきがよすぎてよすぎて」
「そんな問題ちゃいますよね?」
またしてもテヘペロッている人見に、思わずツッコんでしまった。
「まさか、戦闘中にも?」
蟻通が尋ねると、人見は小ぶりな頭部をぶんぶんと音がするほど左右に振った。
「まさか。いくらなんでも戦闘中には」
「勝太さん。あなたは気がついていないだけですよ」
が、伊庭がソッコーでダメだしをした。
「だれかが撃たれただの斬られただのと、つぎつぎに報告が入ってくるのに、その報告をききながらでもいっちゃうじゃないですか」
「八郎、おおげさなことを申すな。ああいうのは、いっちゃってるわけではない。ほんのうつらうつらだ」
いや、人見さん。そこまでいったら、逆に脳のどこかが悪いのかもしれないぞ。
眠っているんじゃなく、失神じゃないのか?
それとも、ただの居眠り大好き野郎ってだけなのか。
思わず、俊冬と俊春をみてしまった。
二人と視線があった。
揃って両肩をすくめた。
二人がとくにリアクションを起こさないんだったら、病気的なガックンじゃないんだろう。
それにしても、なんておいしいネタをもっているんだろう。
かなり口惜しい。
が、これもある意味命がけだ。ガックンくる場所やタイミングが悪かったら、怪我程度では済まないかもしれない。
「いや、いつもじゃないんですよ。気心のしれた者といるときにかぎってですから」
「いえ、タイミングでしょう?」
またしてもツッコんでしまった。
いくら気心のしれた者といるとき限定だとしても、将軍が演説している最中とか、ましてや戦場でとか、いくらなんでも「タイミング悪っ」だろう?
「まあ、なんだ。なんともなくってよかった」
副長が、そのタイミングで無理くりにシメてしまった。
それから、俊冬に目配せをした。
『とっとと話をすすめろ』
という合図にちがいない。
ここまでで、すでに小一時間経過しているかもしれない。
本題に入るどころか、どんどん遠ざかっている感がぱねぇ。
ってか人見の反応をまっていての、まさかの居眠りである。
本題そのものを忘れてしまいそうになる。
「ここまでの話は、おわかりいただけたでしょうか」
さすがは「わが道爆走王」である。
きりかえの速さは、光速をこえている。
「あ……」
人見の表情が、そんな感じになった。
まさか、きいていなかったとか?
そうか。瞼を開けたまま眠るなんて器用なことができるんだ。どこから眠っていたのかわからない。
もしかすると、最初から眠っていてなーんにも話をきいていなかったなんて可能性もある。




