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人見さん、何事?

「くそっ!おれまで主計の罠にひっかかっちまった。たま、はやく告げちまえ」

「罠って、なんにもしてませんってば。副長がいいがかりをつけてくるんじゃないですか」

「やはり、主計ってだれからも愛されているんだね」

「はいいいいい?八郎さん、これは愛なんてものじゃありません」


 やはり、伊庭はどこか壊れているんだ。


 これが愛といえるのなら、かれの感覚は地獄レベルでズレまくっている。


「いや、愛だよ」

「はあ?」


 そこに、人見が謎断言してきた。


 わかった。


 これはやっぱり、遊撃隊がおかしいんだ。


『愛』という名目で、あらゆるハラスメントやいじめやいびりが横行しまくっているにちがいない。


「「愛」談義は、のちほど主計と存分にどうぞ。なんなら、実践いただいても結構です。三人で……」

「シャラップ、たま。十八禁なことをいうな。おれたちは、健全なんだ。生まれたての赤子とおんなじだ。純真無垢ってやつだ。ねぇ、副長?」


 純真無垢から程遠いはるか一万光年さきの、よその星域にいそうな副長にふってみた。


「ああ、そうだな。なんなら、隊旗を「誠」から「純真無垢」にかえてもいいぞ」


 ああ、うれしや。副長がのってきてくれた。


「さて、そこでつづきです」


 もう一人、純真無垢とは縁のない「わが道爆走王」俊冬が、さっさとおれたちのことを告げだした。


 さっきの前フリ的なものはなんだったんだっていいたくなるのを、グッとがまんした。


 人見は、俊冬の話を注意深くきいている。ときどき、表情が驚きからさらなる驚き、より一層のさらなる驚きにかわるのをみながら、信じてくれるだろうか、協力してくれるだろうか、いってよかったのだろうか、などと不安になってしまう。


 もしも人見がまったく信じてくれなかったり、そういうことは裏切り行為だっていいだしたりしたら、どうすればいい?


 伊庭は、このまま予定通り木古内にいくことになってしまう。それは仕方がないにしても、フツーに戦闘に参加しなければならないかもしれない。


 だったら?


 俊春がサポートすることにはなっている。


 が、俊春は二股口でも攪乱や陽動をする予定になっている。いくらかれでも分身の術はできないはずだ。


 できないはず、だよな?


 兎に角、ずっとべったり伊庭にくっついているというのは、物理的にも体力的にもムリがあるだろう。


 なんとしてでも、人見を味方にしなければならない。


 それには、俊冬がいかにうまく説得するか、である。


 もっとも、いざとなったら例のチートスキル「暗示」を発動すればいいだけのことかもしれないが。


 だが、そんなスキルを用いるのではなく、理解を得、納得をしてもらった上で味方につけたい。


 そんなおれの焦燥や不安のなか、俊冬は説明を終えた。


 おれたちのこと、それから伊庭のことなどを要領よく語ってくれたのである。


 室内に、沈黙が満ちた。


 全員が人見のリアクションをまっている。


 当の伊庭も含め、人見がどう反応するかをいまやおそしと、ついでに固唾を呑んで見守っている。


 だれもが、緊張と不安を抱いているにちがいない。


 おれとしては、こんなときこそ関西人としての本領を発揮したくなる。


 発揮したくなるが、ここはぐっと我慢すべきなのかもしれない。


 関西人のノリは、関西人でなければわからないし理解しがたいだろうから。


 つまり、調子にのってギャグの一つでもぶちかまし、あえなくすべってしまうのが怖いのである。


 これは、武士の矜持と同様である。


 それほど、関西人にとってはすべることはイタイのである。


 まさしく、命取りってわけだ。


 そういえば、人見は京生まれの京育ちのはずだ。


 かれの父親が、二条城詰めの鉄砲奉行組同心だったからである。


 が、京生まれの京育ちでも、レベルの高いおれのギャグにはついてこれないだろうな。


 そのときである。


 人見の頭が、前にがくんと倒れた。

 それこそ、糸の切れたマリオネットのように。


 副長も島田も蟻通もおれも、体の具合でも悪くなったのかと腰を浮かしかけた。


「勝太さん、勝太さん、いいかげんにしてください」


 そんなおれたちの驚きの反応の中、伊庭が人見の両肩をつかんで揺さぶりはじめた。


 ゆっさゆっさ揺さぶるも、人見の反応はまったくない。


 もしかして卒中?それとも脳梗塞?


「ぐおおおおお」


 そのとき、人見から大鼾がきこえはじめた。


 って、くも膜下出血じゃないのか?


 伊庭は、いまもまだ揺さぶっている。しかも、だんだんその激しさを増しているではないか。


「ダメです、ダメですよ、八郎さん。くも膜下出血かもしれません」


 かれの肩に掌をおき、ダメだししてしまった。


「ク、クモマッカ?なんだい、それ?」


 一瞬、伊庭が動きとめこちらをみた。


 ああ、キラキラしている。





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