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怒髪天を衝く

「たしかに土方さん、あんたちょっとふっくらしているぞ。毎日のように会っていてもわかるくらいだからな。ちょっとどころじゃないかもしれぬな」

「なんだとっ、勘吾っ!」


 蟻通の推測に、副長がイケメンを向けた。


 これが異世界物なら、副長は火竜のごとく口から火を吐いているはずだ。


「おいおい、わたしに噛みつくなよ。主計がそういっているのを代弁しただけなんだからな」


 ちょっ……。


 蟻通ーーーーっ!


 またもやおれを陥れるのか?


「主計っ!一度ならず二度までも、ありもしないことをいうんじゃないっ!」

「いえ、ありありですよ」

「ごらああああああああっ!」

「いや、おれ、なんもいってませんし」

「太るなんて、ラクばっかしてるからだよな」

「殺ってやる」

「いや、だから、なんもいってませんってば。ってかぽちたま、いいかげんにしろ。おれを護るどころか、死地に送りやがって」


 俊冬と俊春が、おれの声真似をして副長をあおったのである。


「まぁまぁ、副長。どうか落ち着いてください」


 そのとき、コーヒーとパウンドケーキを堪能しつくした島田が助け舟をだしてくれた。


「主計も、悪意や遺恨ありありで申しておるのです」

「心の臓を一突きにしてやるるるるるるっ!」

「し、島田先生ーーーー、フォローどころか悪化させたじゃないですか」


 ダメだ。


 おれの味方をしてくれる者は一人もいない。


 そ、そうだ。相棒……。


 縁側の向こう、庭へ視線を向けると、お犬様は丸くなって夜中をつくっている。


 な、ならば伊庭だ。かれなら、おれの味方をしてくれるはず。


 というわけで、相棒から伊庭に流し目を、じゃなかった、助けを求めるために視線を移した。


「歳さん、やればできるんじゃないですか。剣術なんてものは、ようはヤル気なのです。ちょっとヤル気をだせば、それだけの技ができるのです。常日頃、ほんのすこし鍛錬をすれば、そこそこの腕前になりますよ」

「いや、そこじゃないですよね」


 伊庭に、あの伊庭にツッコんでしまった。


 たしかに、かれのいうとおりではある。いちいちもっともではある。


 だが、いまはそこじゃない。


 いまはそこじゃないはずだよな、伊庭?


「あぁ主計、すまない。そうだったね。たしかに主計の申すとおり、歳さんは太りましたよ。すっごく太りました」


 伊庭……?


「まぁこれだけおいしいものを毎日喰っていれば、それは太るでしょう。しかも、歳さんは剣術の鍛錬はさることながら、日頃動いていなさそうですし。太るのは当然です。主計は、それをいいたいのですよ」

「い、いえ、八郎さん、そこじゃない……」

「主計っ!」

「ぎいやああああああっ!」

「どうされましたか?」


 そのとき、称名寺の僧たちが廊下をばたばたと音を立てながら駆けてきた。


 おれの度重なる悲鳴に驚いたにちがいない。


 ってか、隊士たちは?


 どうせおれの悲鳴くらいでは、様子をみにくることはないんだろう。


「おっと」


 さすがの副長も、寺内で殺生をするっていうわけにはいかない。


 すぐさま「兼定」をひいて納刀した。


「すまぬ。さわがせたな」

「あ、いいえ。何事もないのでしたら」

「ありますよ。これをみてください」


 廊下に立つ僧侶たちに、鼻を指さしながら訴えた。


「ちょっと太ったっていっただけで、こんなことをするんですよ。神をも畏れぬ悪業ですよね?」


 こうなったら第三者に訴えるべきだ。しかも、僧侶である。


 説教してもらわねば。


「何事も『いわぬがはな(・・)』、でございます」


 称名寺の僧は、合掌して軽く頭をさげた。


 剃り上げた頭が、艶々テカテカ光っている。


「うまい!ぽち、座布団八枚もってきなさい」


 思わず、日曜夕方の大喜利のごとく、いってしまった。


 やられた。すごいって思った。心から感服してしまった。


 とっさに、花と鼻をかけるなんて、この僧侶ひとただ者じゃない。


 このショックで、さきほどの殺傷事件のことなどすっかりぶっ飛んでしまった。


「それで、お二方にきていただいたのは……」


 さすがは「わが道爆走王」。

 俊冬は、まるで何事も起こっていなかったようにきりだした。


 僧侶が引き取った瞬間、さっさと本題にはいるなんて……。


 ってかおれの鼻、大丈夫なのか?


「ぺろぺろなめてあげようか?」


 その瞬間、いつの間にか隣で正座している俊春がささやいてきた。


 いや、まて。そこは、「唾でもつけときゃ治るって」じゃないのか?


 ぺろぺろなめるって……。


 いくらぽちって二つ名っていっても……。


 思わず、俊春にぺろぺろなめてもらっているシーンが脳内に映しだされた。


 それって、BLチックじゃないのか?

 しかも受け、だよな?


「やっぱり、きみって腐男子だよね」


 またささやかれた。


 かれのかっこかわいい相貌かおには、なにか含みのある笑みがはっきりと浮かんでいる。

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