人見と伊庭
伊庭は、箱館病院で治療を受けるも手の施しようがないほどの重傷を負う。
本軍が箱館から撤退する際、かれは傷病者が搬送されるべき湯の川というところではなく、五稜郭へゆくことを希望する。
結局、かれは五稜郭が開城する前日に、モルヒネを呑んで自決するのだ。
ゆえに、かれは木古内にいってはならない。だが、隊長格であるかれが回避する術はない。ゆえに、俊春がついてゆくことになった。
とはいえ、それはおれたちが勝手にかんがえていることである。
人見と伊庭に相談の上、かれらに決めてもらわねばならない。
人見には、おれたちが未来からやってきたということも含め、すべてを話そうということになった。
チャンスはこの夜しかない。
だから、副長に頼んで誘ってもらったわけである。
「案ずるな。おまえの八郎とついでの人見さんはちゃんとくるからよ」
「だから副長、誤解なんですってば」
もうっ!
『BLと受けと伊庭』というこの究極の誤解のトライアングルから、そろそろ解放してくれっていいたい。
その夜、人見と伊庭は、副長が手配してくれた通り称名寺にやってきてくれた。
「うわー、主計さんの伊庭先生だ」
「ほんとうだ。主計さんが大好きな伊庭先生だ」
市村と田村の声が、門のほうからきこえてきた。
話の内容上、称名寺で話すほうがいいと判断した。ゆえに、こちらにきてもらうようお願いしたのだ。
ってか、市村と田村よ。そんなでかい声で理不尽きわまりない誤解をいうか?
それこそ、罰があたるぞ。
「わざわざきてもらって、すまないな」
副長みずからがでむかえた。
「誘ってもらってうれしいですよ。いくらでもまいります。ねぇ、人見さん?」
「居心地がよすぎて、ついついきてしまいました」
伊庭はあいかわらずきらきらしているし、人見はひょうひょうとしている。
そういえば、人見って伊庭より一つ年長だったよな。ということは、副長とはひとまわりちかく年齢がはなれていることになる。
なにゆえ、副長は敬語をつかっているんだろう。
それは兎も角、二人は手土産に酒を持参していた。
呑兵衛たちが大喜びしたのはいうまでもない。
とりあえずは、夕餉とあいなった。
俊冬と俊春が、先日の鹿肉を赤ワインにつけておいたものをカレーにしてくれた。
アメリカ商船から仕入れた小麦をつかい、ナンまでつくるという本格派カレーコースである。
当然のことながら、おれたちも称名寺の僧侶たちもうまいうまいと喰った。
ってか称名寺の僧侶たち、マジ大丈夫なのか?
伊庭と人見の手土産の酒もしっかりご相伴にあずかる僧侶たちをみながら、心のなかで問わずにはいられない。
「土方さん、隊士の枠に一つ空きはありませんか?」
夕餉のあと、副長のこじんまりとした部屋にうつると、人見がそんなことを尋ねた。
「空き?まさか、遊撃隊のだれかが移りたいと?」
副長が苦笑とともに尋ねた。
せまい部屋に、副長と伊庭と人見、島田と蟻通とおれがテキトーに胡坐をかいている。これだけ狭いと、上座とか下座なんていっていられない。
しかも、後片付けと食後のコーヒーを淹れている俊冬と俊春もくわわることになる。
縁側の向こうの庭でお座りしている相棒の方が、めっちゃゆったりとしている感が半端ない。
「ええ、一人」
人見は、にんまり笑った。
かれもまた、ウィキの写真のまんまである。小顔のすっきりとした顔立ちで、小柄である。性格は、かわいいって感じだ。世の年上女子がよろこびそうなタイプである。
「ちょっと、勝太さん。わたしをさしおいて、なにをおっしゃるのですか。あっ最近、わたしは勝太さんって呼んでいるんです」
伊庭がおどけたように横槍をいれた。
かれのおどけた表情もまた、きらきら光っている。
ま、まぶしすぎる。
燭台の灯など、灯じゃないっていうほどかれのきらきらはきらきらすぎる。
っていまの伊庭の言葉は、副長にたいしてである。
人見の名は、勝太郎である。
近藤局長の幼名が、勝太なのだ。
伊庭は副長をよろこばせるために、人見のことを勝太と呼ぶようにしたのだろう。
伊庭ってやっぱいい男すぎるわ。
「そうか」
いまの副長の一言はぶっきらぼうであったが、表情はめっちゃうれしそうである。
「なにを申すか、八郎」
「だってそうでしょう?どさくさにまぎれて、新撰組に移ろうだなんて。だいたい、新撰組はくる者拒まずです。いくらでも空きはあります。勝太さんが移るんだったら、わたしだって移りますよ」
なんてことだ。人見が「空きがあるか」と尋ねたのは、自分が移りたいってことなのか?
「おいおい。遊撃隊をまとめる二人が、新撰組の平隊士からやりなおすと?やめておいたほうがいい。そこの役立たずが、ここぞとばかりにマウントをとりまくってエラソーにかましまくるだけだからな」
おれを指さし、副長がとんでもないことを断言した。
それから、笑いだした。




