副長 たじろぐ
「おまえら、ぽちたま兼定が誠に好きなんだな」
「それはそうですよ」
「大好きです」
二人は、副長の嫌味をそうとは気付かず、うれしそうに即答した。
「もしも、もしもぽちたま兼定と別れることになったらどうする?」
なんと。副長が核心に迫りはじめた。
「……」
「……」
刹那、二人の相貌から笑顔が消えた。
「あ、いや。その、なんだ……」
副長がたじろいだ。
めっちゃ草だ。
ってまた、にらまれた。
「どこかにいっちゃうんですか?」
市村が副長に迫った。文字どおり懐を脅かした。
「どこにいってしまうんですか?どうして別れなきゃいけないんですか?」
田村もまた、迫る。
二人とも、すぐにでも泣きだしてしまいそうである。相貌が、くちゃくちゃになっている。
ってか、また背が伸びていないか?
出会ったころは副長を見上げていたのに、いまはほぼほぼおなじ目線になっている。
ってことは、おれは抜かされた?
おれは、完璧抜かされたってことか?
思わず、数歩あとずさって距離を置いてしまった。
「馬鹿いってんじゃねぇ。たとえば、の話だ。主計がおまえらをからかえっていうんで、からかってみただけだ」
「はいいいい?」
なにゆえ?なにゆえ、おれの所為にしてごまかす?
イケメン、きたなすぎるぞ。
「主計さん、ちょっと嫌われているからってひどすぎる」
「そうだよ。ちょっといらない人って思われているからって、やっていいことと悪いことがあるよ」
当然、二人はおれをディスってきた。
ってか、おれってちょっと嫌われててちょっといらない人って思われているのか?
いろんな意味でショックである。
「副長っ」
隊士たちがやってきた。
「おうっ!異常はないか?」
副長がホッとした表情で、隊士たちに尋ねた。
ってか、おれの砕け散ったガラスのハートはどうしてくれるんだよ。
「町の人々も、敵の攻撃がちかいということをしっているようですね。だれもがピリピリしているようです」
だれかがこたえた。
「ホワット・ザ・ヘルだよ」
「マジ、ファックでシットだよ」
市村と田村の中傷が、さらにおれのガラスのハートを粉々にする。
イケメン、どうするつもりなんだ?
どうせ副長は、おれの心の痛みにたいしてはなんとも思っちゃいないだろう。
それは兎も角、市村のことはどうするつもりなんだろう。
そのとき、相棒が門のほうへ体ごと向いた。
俊冬と俊春がもどってきたのである。
かれらは、ちゃんと副長のつかいを果たした。その上で鹿を仕留めてきた。
奈良公園にいる鹿よりずっとおおきい、蝦夷鹿である。
三頭仕留めてきたので、もみじ鍋にステーキ、煮物にしてくれた。
鹿肉ははじめて喰ったが、淡白でめっちゃ喰いやすい。
みんなもうまいと喰っていた。
称名寺の僧もよろこんで喰ったのはいうまでもない。
こうして、貴重な休日はおわった。
史実どおり、新政府軍が乙部に上陸した。こちら側は、江差にいる一聯隊が出撃するもあえなく敗退してしまう。さらに、江差で奉行を務める一聯隊の隊長の松岡四郎次郎らが敵艦に向けて砲弾を撃ちつづけるも、それらが敵艦に届くことはなかった。
腕のせいだけではない。そもそもこちらの大砲の性能が悪いのである。
一方、新政府軍はすべてにおいてレベルが段違いである。春日をはじめとした五隻が海上から撃ちまくり、松岡らは松前へと後退するほかなかった。
ここまでくれば、われわれも危機感にどっぷりつかることになる。
江差を奪還するため、人見や伊庭が率いる遊撃隊と春日が率いる陸軍隊が明朝出発することになった。もちろん、それだけではない。新政府軍は、なにせ大軍である。ルートを松前口、木古内口、二股口、それから安野呂口という四つのルートにわけ、箱館へと向かってくる。
これはおれの知識だけではなく、俊冬と俊春の物見からもわかっている。
ゆえに、こちらもその四つのルートに兵をさき、迎え撃って撃退する必要がある。
副長が、その一つを率いて二股口にいくわけである。
新撰組のほとんどが、その四つのルートではなく弁天台場を本営として警戒にあたることになった。
副長につきしたがうのは、島田や蟻通やおれなどほんの数名である。
軍議がおわり、解散となった。
おれは待合室がわりの小部屋で控えていたが、副長が俊冬と俊春をしたがえてもどってきたのをみて、すぐに駆けよった。
「『なんだ、いたのか?』は、なしですよ」
副長が口をひらくよりまえに、釘をさしておいた。
副長だけでなく、俊冬と俊春も苦笑している。
「それで、招いてくれましたか?」
「ああ。おまえの八郎とおまけの人見さんをちゃんと誘っておいた」
「って、だから誤解ですって」
伊庭の遊撃隊は、木古内へむかう。
その戦いで、伊庭は胸部に被弾してしまう。
結局、その被弾がかれにとって致命傷となるのだ。




