ポートレート?
だったら、市村を蝦夷に置いておくべきである。
おれたちといっしょに、最後まですごさせるべきだ。
危険なことはいっさいさせず、戦場から遠ざけ、切り傷擦り傷さえこさえさせない。
そんな勢いで対応すればいい。
もっとも、やんちゃなかれは、戦でという以前にしょっちゅう切り傷や擦り傷をこさえ、打ち身や捻挫もしているのであるが。
それは兎も角、副長がその気であれば、俊冬だって副長の影武者にならぬように説得できるかもしれない。
おっしゃー!
これは、いいかも。
急に、光明をみいだしたって感じである。
脳内で、何度も何度もガッツポーズをとってしまう。
そのとき、相棒がおれの軍靴をゲシゲシ蹴っていることに気がついた。
しまった……。
おれってばダダもれなのに、めっちゃかんがえていた。
お茶目さんなんだから……。
「いたっ、いたたたた。相棒、やめてくれ。痛いじゃないか」
相棒が、右前脚でおれの左膝を突いてきている。しかも、めっちゃ痛い。
さすがは人類の叡智。
脚で突いてくるなんて、斬新すぎる。
「主計、たしかにおまえのいうとおりだな」
そのとき、副長の官能的な唇から言葉がこぼれ落ちた。
「蝦夷にいてもロクなことはない。どうせ降伏するんだしな。だったら、史実どおり日野に「兼定」やおれの最高のポートレートを届けさせ、丹波にゆくようにさせるべきだ」
ちょっ……。
ポートレート?なんでそんな言葉をしっているんだ?ただの写真ではなく、なんでそんなおおげさな表現になる?
っておれってば、そこじゃないよな?そこじゃあるんだが、とりあえずいまはそこじゃないよな?
くそっ!
おれのダダもれのかんがえのせいで、副長は思いなおしてしまったじゃないか。
おれ自身の過失だが、つい責任を回避したくなってしまう。
「わかった。ときがないからな。おれがウダウダいっている間に、離脱させる機を逃してしまう。折をみて伝えよう。それから、逃げる段取りもつけてやらないとな」
「あ、いや、副長。やっぱりいいんじゃないでしょうか?副長が、鉄を守ってやればいいだけのことですし。鉄のことです。説得する労力を思えば、守ってやる労力の方がはるかにすくなくすむでしょう」
「……」
自分で、『舌の根もかわかんうちからなにいうてんねん?』ってツッコんでしまった。
先程とはまったく真逆のことを提案したのだから、ツッコんでしまうのも当然である。
「主計、おまえなぁ……」
副長は、突然おれが正反対のことをすすめだしたことが気に入らなかったらしい。一歩詰め寄りつつ、いいかけた。
「あっ、兼定っ!」
「兼定だっ」
そのタイミングで、門前から隊士たちが入ってきた。
市村と田村は、いちはやくおれたちに気がついて、こちらに駆けてくる。
相棒が立ち上がり、尻尾を振って二人をでむかえる。
そういえば、俊冬と俊春は相棒のことを「兼定兄さん」と呼ばないといけなくなっている。
だけど相棒は、市村と田村が「兼定」って呼ぶことは許すんだ。
それは兎も角、二人は相棒のまえまでくると、両膝を地につけてしっかりと相棒にハグをした。
二人は相棒とハグを堪能した後に立ちあがり、やっとおれたちに気がついたようだ。
「あ、副長。いたんですか?」
「主計さんもいたんだ」
市村、それから田村は、そういってから子どもらしい笑みを浮かべた。
うっ……。
『いたんだ』って、いるにきまってるだろうが。
副長にそっと視線を向けると、眉間に皺がちょっぴりよっている。
「副長と主計さんより、ぽちたま先生はどうしたんですか?」
「いっしょだったんですよね?いいなー。わたしたちも、ぽちたま先生といっしょにどこかにいきたかったですよ」
なんてこった。
存在自体を否定された上に、俊冬と俊春じゃないとダメだっていいきられてしまった。
あの二人のどこがそんなにいいんだろうか?
副長は、京にいた時分から子どもらをところかまわず怒鳴り散らしたり叱り飛ばしたりしまくっている。
ぶっちゃけ、副長が嫌われていたりうざがられていたりするのはうなずける。
が、おれはちがう。
いつもかれらにやさしく接しているし、おごってやったこともある。
嫌われたりうざがられる要素は、まったく、まーったくないっていっても過言ではない。
それなのに、このあつかいのちがいはいったいなんだ?
「いだっ!」
その瞬間、副長が思いっきり軍靴を踏んづけた。
「え、なに?」
「なんなの、いきなり?」
二人とも、おれの悲鳴に驚いた。
「なんでもない。主計の馬鹿が馬鹿なことを叫んでいるだけだ。ぽちたまか?おれのつかいででかけているが、すぐにもどる。今宵はまた、うまいものをつくってくれるっていっていたぞ」
「わーい!」
「やっぱり、ぽちたま先生でないとだめだよね」
二人が飛び上がって喜んでいるところをみると、図体ばかりでかくなっても、やっぱお子ちゃまなんだなってつくづく思ってしまう。




