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『とってこーい!』

「いい天気だ」


 副長は、上機嫌である。


 都会にでている子どもらが何十年かぶりに帰省し、いまから近所の回転寿司のチェーン店に寿司を喰いにでもいこうとでもいうように、めっちゃウキウキしている。


「ええ、いいお天気ですね」


 その副長のすぐうしろを、沢と久吉があるいている。


 ときおりこちらを振り返るのは、おれたちに気をつかっているわけだ。


 もちろん、相棒は俊春の脚許を闊歩している。


 かれは、意気揚々とこの蝦夷の地をあるいている。


 雲一つない快晴である。

 

 ギラギラというにはほど遠いが、それでもお天道様が気持ちいいていどに頭上で輝いている。


 海岸にやってくると、軍靴を脱ぎ捨てた。


 さすがに靴までは調達できなかった。せめて草履と思ったが、探すのが面倒くさくなった。


 沢と久吉は、どちらも軍服のシャツとズボンに軍靴である。


 蝦夷にきて、軍服を支給されたのだ。


 暗黙の了解で、いまやかれらも新撰組の隊士あつかいになっている。


 まえをゆく副長が、かがんで砂の上に落ちている棒切を拾った。


「とってこい」


 それを、とおく波打ち際へと放った。


「……」

「……」

「……」

「……」


 四人・・相貌かおを見合わせてしまった。


 四人というのは、俊冬と俊春と相棒とおれである。


 副長は、だれがとりにいくのかを指名しなかった。


 いやいや。


 フツーこういうシチュエーションだと、とりに走るのは一人・・しかいない。


 だが、その一人はフツーじゃない。


 なにせ「スーパードッグ」なのである。人類の叡智である。お犬様である。


『とってこい』


 なんてことは畏れ多すぎる。


「えっ?えっ?えっ?なに、ぼく?」


 三人・・視線が、いっせいに俊春にあつまった。


「多数決だ、わんこ。『とってこーい』」


 俊冬が静かにいった。


 その瞬間の俊春のショック大って表情かおがあまりにも可愛すぎて、キュン死しそうになってしまった。


「もうっ!」


 かれは拗ねたようにいうと、素足で砂を踏みしめた。途端に、その姿がかき消えた。って思った瞬間、波打ち際にあらわれた。


 副長が投げた棒切を拾い上げると、また消えた。そして副長の真ん前にあらわれ、それを差しだした。


「いい子だ、ぽち」


 副長は、にこにこ笑いながら俊春の頭をなでている。


「おお。まるで一般的な家庭みたいだ。ほら、犬を飼っていて、散歩にいって棒を投げて「とってこい」なんて、まるでフツーの家族だよな」

「いや、俊冬。たしかに、きみのいうとおりかもしれない。だが、これはちょっとちがう」

「どうして?なぜちがうんだ?なぜなぜなぜなぜ?」

「たま、きみまで三歳児になるなよ」

「微笑ましくって感動ものだよ。おれも「とってこい」をやりたくなった」


 さすがは俊冬。

「わが道爆走王」である。


 おれのツッコミなどおかまいなしである。


 かれは、肩にかけている矢筒から矢をとりだした。それから、その矢をクロスボウに番えた。


 いったい、なにをするつもりなんだろう。


「おい、いったいなにを……」

「わんこ、とってこーい」


 俊冬はおれがいいかけるのをスルーし、右を向くと砂浜の向こうの方に向けてクロスボウを放った。


 刹那、「もうっ」と俊春のくさる声がきこえ、またしてもその姿がかき消えた。


 陽の光がまぶしすぎる。

 

 掌をかざし、矢が飛んでいった方向をみてみた。すると、空中に俊春の姿があらわれてなにかをつかんだ。


 かれがそのまま砂浜に着地した瞬間である。


「じゃあ、これもとってこーい」


 俊冬は、さきほどとは反対方向にクロスボウを放ったのである。


 ってまたまた、俊春の姿が消えた。


 おっと、相棒もいなくなっている。


 時間にすれば、ゼロコンマ以下のことであろう。


 左側の砂浜の上空に、俊春と相棒があらわれた。しかも相棒は、四肢で俊春の頭を踏んづけ、さらに高くジャンプした。


 そして、口でなにかをキャッチしたようだ。


「ああ、きったなーい」


 俊春の文句が、潮風にのって流れてきた。


「おお、なんかすごいな」


 副長は、さらに笑顔になっている。


「おおおおお、すごすぎますね」

「驚きました。どうやったら、あんなことができるのでしょうか?」


 沢と久吉も驚いている。


 いや、久吉よ。どうやってもこうやっても、あんなハイレベルな「とってこーい」は、どんな犬でも人間ひとでもできないよ。


 ってか、すごすぎだろう?


 一般的な家族と愛犬の微笑ましいひとときじゃなさすぎる。


 ってか結局、俊冬と俊春は鍛錬をやっているんじゃないか。


 思わずふいてしまった。


 こちらにもどってきた俊春は、自分の頭をジャンプ台にして矢をかっさらった相棒と、ハイレベルで微笑ましいお遊びをしはじめた俊冬に文句をいっている。


 そのいじけている姿がなんともいえず、萌えてしまった。


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