お馬さんと高尚な趣味
副長の懐刀的存在であった斎藤も、結構、いや、かなりの毒舌であった。要所要所で副長のことをあげつらっていた。
が、斎藤の場合はちっとも悪気がなかった。
天然なかれは、自分では副長のことを褒め称えているつもりなのである。
しかし、安富の場合はちがう。
悪意ありありだし、めっちゃ批判的である。
かれは、副長の高尚な趣味とお馬さんを同等にされたことを、よほど不快に思っているにちがいない。
「主計、てめぇっ!」
そのとき、副長が「竹殿」をよせてきた。
「はいいいいい?なにゆえ?なにゆえおれが?副長をあげつらっているのは、安富先生ですよ。おれじゃありません」
「おまえが馬の話をしたからであろうが、ええっ?」
「竹殿」の上で、副長は拳をぶんぶん振りまわしはじめた。
その勢いに、「竹殿」が怯えたように鼻を鳴らした。
「副長っ!」
その瞬間、安富が「梅ちゃん」から飛びおり、「竹殿」に駆けよった。
全員が唖然としているなか、かれは副長の腰に腕をまわすと引きずりおろしはじめたではないか。
「竹殿」がさらに怯え、ついに暴れだした。
なんてこった。
これ以上安富が副長にキレたら、副長がおれにキレることになる。
これで副長が怪我でもしようものなら、副長はその報復としておれを生贄として羆に差しだすだろう。
そうなったら、おれは羆に「逆イヨマンテ」されてしまう。
「ぽちたま、どうにかしてくれ」
思わず、二人に頼んでいた。
俊冬と俊春は、おれが引きずりおろされようとしているのなら笑って眺めているだろう。だが、さすがに副長がそうされようとしているのなら、スルーできるわけがない。
おれの頼みをきくというよりかは、そうすべきであるからするという感じである。
俊冬がお馬さんから飛びおりて安富を副長から引き剥がし、俊春も同様に飛びおりてから「竹殿」の轡をつかんでなだめはじめた。
「安富先生、「竹殿」が怯えています。副長は、なにもお馬さんたちを馬鹿にしているわけではありません。ご自身の経験をおっしゃって笑いをとりたかっただけです」
安富は、俊冬の説明であっさり「そうか」と納得した。
おいおい、安富よ。えらいあっさりしてるやん?
心のなかでツッコんでしまった。
「「竹殿」、大丈夫。もう大丈夫だから」
俊春が「竹殿」に声をかけると、竹殿もすぐに落ち着きをとりもどした。
「あの……、副長、大丈夫ですか?」
おずおずと尋ねてみた。
「くそっ、死ぬところだったぞ」
眉間に皺がめっちゃ刻まれている。
おれが引きずりおろそうとしたわけでもないのに、おれを怒鳴り散らすなんて理不尽すぎる。
「死ななくってよかったです」
へらっと笑って気持ちを伝えると、副長はまた握り拳をつくった。
「まぁまぁ土方さん。ちょうどいい機会だ。はやいところ偵察をすませ、女子にのりにいけばいい。なっ、そうであろう?」
蟻通が提案してきた。
「あ、ああ。そうだな」
副長は蟻通にぶっきらぼうにいうと、「竹殿」にすまなかったと謝ってからその背にのり、またすすみはじめた。
ったく、なんだよ。
それからは、沈黙を貫いた。
ただの雑談が、生命とりになりかねない。
息をするのもヤバいかもしれない。
ヒヤヒヤしながら、一番最後をついていった。
わお……。
これが二股口か……。
現代の二股口は、ほとんどこの当時のままかわっていないらしい。
たしかに、映像でみたのとあまりかわりはない。
かわっているとしたら、現代にはここが二股口であると示す標識がたっているというところであろうか。
「副長。わんこと兼定兄さんとで、このあたりから乙部方面へ向け広範囲をみてまわってきます。このまま上に登ってみてください」
お馬さんからおりた俊冬が申しでると、副長は一つうなずいた。
「頼むぞ。おれの「常勝将軍土方歳三」伝説の更新は、おまえら二人と兼定とにかかっているんだからな」
副長ったら、いくらなんでも厚かましくはないか?
完璧、俊冬と俊春におんぶに抱っこ状態じゃないか。
「熊にご注意を」
「案ずるな。ほら」
俊冬のアテンションに、副長は馬上でニヤリと笑った。
それから軍服のポケットに掌をつっこむと、ごそごそ探りはじめた。
んんん?
もしやもしや胡椒爆弾とか火炎瓶とか、お得意のチートアイテムでも持参しているのか?
はたして、それらが馬鹿でかい羆に通用するのか?
それであれば、銃をぶっ放したほうがよほど効果があると思うのだが。
そうなのである。
おれたちは、羆に備えて鞍に銃を装備してきているのである。
そんな風にかんがえていると、副長はうれしそうに掌を差しだしていた。
掌の上に鈴がのっている。
ちょっ……。
二股口に様子をみにくると決めた際、鈴は熊避けになると伝えた。
伝えたけれども、いったいどだれだけの数の鈴をもってきているんだ、イケメン?
副長の掌の上に、こぼれ落ちるほどの大量の鈴がのっかっている。
ってかこの短時間で、よくぞこれだけの鈴を集められたものだ。
ムダに感心してしまった。




