安富 憤慨する
それにしても、現代でのことを俊冬や俊春と共有できることのしあわせといったら、天にものぼってしまいそうなほどである。
まさか、こんな話で盛り上がれるなんて、思いもよらなかった。
二人がいてくれてよかった。
あっもしかしたら、野村あらためジョンもそうかもしれないな。
あいつはきっと、現代にいってもどってきたのかもしれない。
そのあとは、副長たちもまじえて盛り上がった。
ついでに、競馬の話にまでおよんでしまった。
でっ安富は、以前予想したまんまの反応を示してくれた。
「な、な、なんと……」
かれは、まず絶句した。
桑名少将から返してもらったお馬さんたちが、あゆみつつかれをみている。
「こ、このかわいらしい馬たちが?」
「いや、ちょっとまってください。たしか、競馬は日本でもすでにはじまっているはずです。いまから七年か八年まえに、横浜の外国人居留地ではじまっているのではないでしょうか。幕府が横浜に競馬場をつくったと記憶しています」
「欧州では、室町幕府や鎌倉幕府があったような時代からやっていますよ。馬もはやい品種をかけあわせ、改良されていくのです」
俊冬が補足説明をすると、安富は悲し気にうなった。
おそらく、ここでおれが奴隷商人に売りとばされたとしても、かれはここまでショックをうけないだろう。それどころか、まったく気にもとめないはずである。
「はやそうな馬に金子をかけ、その馬が勝ったら金子を稼ぐことができます」
なにせおれも、京都競馬場にいってその度に千円しか賭けたことがない。仕組みがよく理解できぬまま、パドックでみたこれぞと思う馬に賭けた程度である。
ゆえに、競馬についての詳しい説明はできそうにない。
だから、大雑把な説明になってしまった。
「才助ではないが、馬は人間の娯楽のために生まれ、駆けるのであろう?なにか虚しいな」
島田である。
たしかにそのとおりである。
「まぁ、「竹殿」たちはまだしあわせだ。才助の愛情に包まれているんだからな」
副長である。
それも、たしかにそのとおりである。
「その愛情を、もっとおれたちにも注いでもらいたいがな」
ぽつりと付け足された副長のその言葉に、島田がふいた。
それも、たしかにそのとおりである。
「それで?無論、騎手がいるのであろう?何流だ?」
安富は、副長の嫌味をものともせずに質問をたたきつけてきた。
「いえ、馬術の流派はないと思います。そういう流派は、現代にまでちゃんと受け継がれてはいると思いますがね。競馬の騎手は、現代の馬にあわせた訓練を積んでいます。だから、そういう騎乗をしているんだと思います」
俊冬が現代の馬の説明をしてくれた。
「竹殿」や「梅ちゃん」といった在来馬ではなく、サラブレット種やアラブ種の馬などについてである。
「それでも、安富先生ならそういう異国の馬でも簡単にのりこなせそうですよね」
「当然だ」
安富にヨイショのつもりでいうと、かれはきっぱりと肯定した。
「愛だ、愛。愛さえあれば、いかなる馬でも乗りこなせる。それこそ、暴れ馬であろうがかわいげのない馬であろうがな」
す、すごい。これだけの自信、どこからわいてくるんだろう。
かれが現代にタイムスリップしたら、調教師になればいい。俊冬と俊春が騎乗すれば、どんな馬でも三冠は夢じゃない。
日本国内だけでなく、凱旋門賞とかサウジカップとかドバイワールドカップとか、世界制覇しそうだ。
一瞬、それで稼ぐのもアリかな、なんてよこしまなかんがえが脳裏をよぎってしまった。
「ちっ、愛だけでなんでものりこなせるのであれば、かように簡単なことはあるまい」
またつぶやきがきこえてきた。
「ちょっ……。副長、それは意味がちがうんじゃないですか?」
思わず、ツッコんでしまった。
「おなじだよ、お・な・じ。のるのはな、女子だろうと馬だろうとおなじなんだよ」
「なんてことを。おなじなわけはないっ!」
安富が噛みついた。
かれのこの怒り具合は、いったいなんだ?
かれは、怒りマックス状態で副長に「梅ちゃん」をよせた。
「女子と馬をいっしょにするなどとは……。馬は、崇高なる生き物だ。副長の助兵衛といっしょにするなどと、あってはならぬ」
「な、なんだと?」
副長が驚くのも無理はない。
いまのだと、『女子にのる』ということではなく、副長自身をあげつらっていることになる。
さすがの島田や蟻通も呆れるやら驚くやら、兎に角唖然としている。
ぽくぽくと小気味よい音を立てつつ、馬たちはのんびりあゆんでいる。
「ちょっとまて、才助。おれが助兵衛?」
「助兵衛であろう?助兵衛以外ありえるのか?隊士たちにきいてみるといい。副長を一言で表現するのならなんと表現するか、とな。入隊したばかりの隊士をのぞけば、全員が助兵衛とこたえるぞ」
ちょっ……。
安富、すごすぎである。




