みんなだれかを愛し、愛されているんだ
「そりゃ、悪かったな」
「それは悪いことをしたね。じつは伝習隊全員がきたかったんだけど、それはさすがに無理かなってかんがえてね。残念だけど、みんなには宿舎にかえってもらったよ」
「ウイ」
榎本と大鳥は、ちっとも悪く思っていなさそうだ。
ってか伝習隊ごとこられた日には、新撰組は全員浜辺にでも移動して夜を明かさねばならなくなる。
ブリュネにいたっては、副長の言葉がわかってもいないのに、とりあえずは「ウイ」っていっとけ的にいっているし。
さらに伊庭と人見は、まるで新撰組の幹部みたいにふるまっている。
これだけブラックで、いじめや虐待が横行しまっくている職場のどこがいいというんだろう。
あっいじめや虐待は、おれにたいしてだけか?
あぁなるほど、そうか。みんな、新撰組がいいというよりかは副長目当てってわけなんだな、
であれば、話は簡単である。
副長が、称名寺からでてゆけばいいだけのことではないか。
かれらにお持ちかえりされればいい。
副長をテイクアウトしてもらえば、おれたちはゆっくりすごすことができるのに。
「なんだと、この馬鹿野郎っ!」
そのとき、副長がこちらに向き直った。
ちょうど空いた丼鉢を集めてまわっているところである。それから、おかわりのオーダーをとってまわってもいる。
まるで居酒屋の店員さんである。
もっとも、時給は発生しないけど。
「いまの、おききになられましたか?手下に向かって、『この馬鹿野郎っ!』ですよ。いくらなんでもひどすぎですよね。言葉の暴力だけではないんです。殴られたり蹴られたり、煙草の火をおしつけられたり。兎に角、ぱっと見はわからない痣や傷が、体のあちこちにできているんです」
とりあえず、一番えらい榎本に訴えてみた。
ほんのちょっぴり盛ってしまったけど、まぁそこは許容範囲内だろう。
「なにをいっているんだい、主計君」
大鳥がぴょこんと立ち上がった。
小柄なかれは、あいかわらず身のこなしが軽い。
ってか羆事件のときもそうであったが、いつの間にか「主計君」なんて呼んでいるし。
正直、ビミョーである。
「ぼくからすれば、じつにうらやましいよ。土方君からそんなにかわいがってもらえて、しあわせじゃないか」
ひいた。めっちゃひいた。百五十年以上先の現代までひいた。
周囲にいる島田たちも、かたまってしまっている。
そして、当然土方君もフリーズしてしまっている。
「いやー、土方君はなかなか熱いじゃねぇか。うらやましいかぎりだよ」
さらには、榎本まで。
「ウイ」
さらにさらに、ブリュネの謎同意もついてきた。
中島が酒をぶっとふきだし、尾形がうに丼をふいた。そして、蟻通の鼻からみそ汁がどばーっと流れでた。
ちょっ……。
すごいぞ蟻通。
「鼻からみそ汁」だ。
それは兎も角、もしかして、虐待は虐待でもフツーの虐待ではなくそっち系の暴力か、あるいはそっち系のプレイと勘違いされている?
ってかそれがうらやましいって、どういうこと?
「主計ーーーーーーーっ!」
地をはうような副長の低音の声にはっとした。
「八郎を押し倒すだけじゃ物足りず、つぎはおれを陥れやがって」
「い、いえ、ち、ちがいます。そんなつもりはまーったくありませんでした。おれはただ、副長の日頃のおこないをチクりたかっただけで……」
ダメだ。
副長は、いまにも「兼定」を抜きそうだ。
「も、申し訳ありません。許して、許して……、い、いやーーーーっ」
誠心誠意謝罪しているというのに、副長が斬りかかってきた。
な、な、なんと。剣術大会ではついぞみせなかった超神速の居合抜きが、いまこのタイミングで炸裂したのである。
迷う必要などない。
胸元に抱えている盆を放りだすと、背を向け一目散に逃げた。
「まちやがれっ!」
当然、副長は追いかけてくる。
「みたかい?ぼくは口惜しいよ」
「そうだよな。おれも土方君に追いかけられてぇよ」
「ウイ」
そんな大鳥ら三人の見当違いの言葉を背中でききつつ、廊下にでて隊士たちを踏みつけにしながら必死で逃げまどった。
その後、追いかけまわされた挙句「兼定」に尻を蹴っ飛ばされてしまった。
この「兼定」というのは、刀ではなく相棒のことである。
副長に命令された相棒は、うしろ脚でおれの尻を蹴っ飛ばしたのである。
これで副長は、立派なハンドラーになれたってわけだ。
ってか、相棒よ。馬じゃあるまいし、うしろ脚で蹴っ飛ばすか?
もっとも、安富のお馬さんたちに蹴っ飛ばさられるよりかはずっとマシだが。
なにはともあれ、おれはマジで愛されいてるんだ。
あらためて実感したこの夜であった。
結局、招かざるおおくの客人たちは、さんざん呑み喰いしてそのまま寝落ちしてしまい、称名寺で一夜を明かした。
そのため、おおくの隊士たちが称名寺の敷地内に筵を敷いて眠るという、なんともいえぬ状況に陥ったわけである。
まぁこんな破天荒ぶりも、今後はできなくなってしまう。
これが、最後の無礼講だったのかもしれない。




