なにゆえあんたらがここに?
いっせいに歓声があがった。
だれもが讃えている。それは、勝者である俊春にたいしてだけではない。
健闘を繰り広げた両者を讃えているのである。
その歓声は、しばらくの間やむことはなかった。
優勝者である俊春に、榎本からプレゼントが贈られることとなった。
『なんでも好きなものを』
急遽おこなった剣術大会だから、当然優勝のトロフィーとか盾とか賞状とかを準備しているわけではない。
贈呈品も同様である、
榎本は、かんがえるのが面倒くさかったにちがいない。
「なんでもくれてやるから、望みをいえ」
ゆえに、そんな感じになったのであろう。
神や仏を超越している俊春は、あらゆる欲と無縁である。
金や女や酒や喰い物、家とか土地とか金銀財宝とか美術品とか、そういう物理的な望みはもっていないらしい。
もちろん、地位や名誉みたいなものも。
さらには愛、みたいな背筋の凍るような望みも。
「全将兵、関係者に休日を」
やはり、俊春は神や仏を超越している慈悲深さをもっている。
そんな驚くべき望みを、榎本に伝えたのである。
これには、さすがの榎本も感心しきりである。
「各隊、各部門で調整し、早急に交代で休みをとるよう」
そして、そんな望みをソッコーで了承してくれる榎本も、さすがである。
その場で「公休取得」の宣言をしてくれた。
これには、全員がよろこんだことはいうまでもない。
俊春の株は上がりまくりである。
それだけではない。
かれは、その望みは自分のものだけではなく、「土方陸軍奉行並と相談して」と付け加えたのである。
またしても、副長は棚から牡丹餅的に株をあげることができた。
この株は、チートな戦術で勝ち上がるという不評をもふっ飛ばすほどの優良株であった。
だれもが、副長と俊春に感謝した。
新撰組と伊庭以外のだれもが、である。
「それにしても、昼間は名勝負でしたよね。わたしにもっと力があれば、どのような技だったのかということまでわかったんでしょうけど」
うに丼をうまそうにかきこみながら、そういって笑う伊庭の相貌は、称名寺の本堂内を照らす灯火より百倍も二百倍も明るい。
これだけ明るければ、かれの笑顔だけで夜をすごせるだろう。
「さよう。感動をとおりこし、なんと表現してよいものかと思い悩んでしまったほどだ」
「ですよねー」
伊庭は、自分と同様にうに丼を喰っている隣人の言葉に同意した。
「ってか、なんであんたらまでいる?」
上座から副長の呆れかえった声が流れてきた。
「いやだな、歳さん。いったでしょう?新撰組は居心地がいいって。ねぇ、人見さん?」
「さよう。いっそ遊撃隊もここに移りたい……」
「人見さん、あんたまでなにゆえいる?」
副長の呆れかえりっぷりが、豪快すぎて草である。
そうなのである。
剣術大会がおわったのち、俊冬と俊春がうにをとりにゆき、その夜もまた宴会と相成った。
俊春の優勝、俊冬の準優勝を祝うため、というていにはなっているが、ようは理由をつけてみんなで盛り上がりたいだけなのである。
それだけではない。
副長自身が、松前ではなく称名寺ですごしたいからでもある。
でっ、なにゆえか伊庭と人見もいる。
さらには……。
「さあっ、土方君。呑め吞め」
「あっ土方君、ぼくはこうみえても大食漢なんだ。どちらがたくさん食べるか勝負しないか?」
「な、なんであんたらまでここにいるんだーーーーーっ!」
副長LOVEの榎本と大鳥までいる。
「ウ・二・ド・ン・ブ・リ。トレビアーーーン」
「オイシイデス」
「オイシイオイシイ」
もっといる。
旧姓野村ことジョンと子どもらが、ブリュネたちフランス軍士官にうに丼の説明をしている。
いや、ちょっとまて。
なんでここに集う?
「面白いからにきまってらぁ」
「それに、土方君がいるからね」
「ウイ」
榎本、大鳥、ブリュネがいった。
なんてことだ。
まさか、まさかブリュネまで、副長LOVEなんじゃないだろうな?
だとすれば、副長こそがBLじゃないか。
しかも、グローバル化している。
「あんたらなー」
副長は、手つかずのうに丼に一瞥くれてからおおきなため息をついた。
「ここは新撰組の宿舎で、それでなくともせまいんだ。みろっ、あんたらのせいで隊士たちが入りきらず、廊下やら庭で喰っているんだぞ」
副長が掌で示したさきの廊下や庭には、隊士たちがあふれかえっている。
廊下で胡坐をかいたり、庭に筵を敷いて座りこんだりして、それでもうまいうに丼と酒を喰らって上機嫌にしている。
この本堂に、物理的にも入りきらないということもたしかにある。
が、それ以上に榎本らがいるということでおのずと遠慮してしまっているのだ。




