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プレゼン 船中八策

 船中八策。


 それは、坂本が唱えた新国家体制の基本方針のことである。


 情けないことであるが、その八つあるはずの項目のうち、自信をもっていえるのは六つだけである。

 残る二つは、どうしても思いだせない。そもそも、頭にも入らなかったのかも、である。


 まず一つ目、大政奉還である。

 将軍が朝廷に政権を返上することである。これは、江戸幕府最後の将軍となった第十五代将軍徳川慶喜がおこなったばかりである。


 二つ目は、議会政治。上下両院によっておこなうと唱えた。


 三つ目が、優秀な者の登用である。坂本は、優秀であるとされる人物を、自身で打診したり説得した。


 四つ目、不平等条約の改定だった、と思う。


 五つ目は、憲法の制定。これは、自信がある。


 六つ目、これも間違いない。海軍力の整備増強である。異国に対する備え、というわけだ。


 残る二つは、軍にかんすることだったか、あるいは、天皇にかんすることだったか・・・。


 いや、経済的なことだったかもしれない・・・。


 ああ、もどかしい。


 それは兎も角、船中八策という言葉は、もっとあとになって名づけられたはずである。この時分ころには、まだそういう名で呼ばれていない。


 坂本は、新国家、新政府を樹立させるため、この時期ころ、奔走した。

 とくに、幕府の永井玄蕃頭ながいげんばのかみと誼を通じ、やりとりする。


 ほかにも、越前の松平春嶽まつだいらしゅんがくなどとも。


 そういえば、永井の子孫が小説家の三島由紀夫みしまゆきおであるが、それはどうでもいい話か。

 

 坂本は、新政府を動かす人選まで挙げたはずである。

 面白いのは、そこに自分の名がなかったことである。しかも、土佐藩の者の名もすくない。


 なぜなら、大政奉還成就の立役者が、土佐藩主山内容堂やまうちようどうだったからである。

 一番手柄は、控えたほうがいい。


 じつに坂本らしい発想であろう。


 そこには、薩長、それ以外の藩、もちろん、公卿や幕府からの名も連なっている。まんべんなく、どの立場であっても納得がゆくように、との配慮がいたるところにみられる。

 

 じきに起こるはずである坂本暗殺。


 それを実行犯におこなわせた黒幕は、いったいだれなのか?


 会津候に熱く語っている坂本をみながら、そのことをずっと考えてしまう。


 会津候は、謁見の間としている部屋の上座で、坂本の話にじっとききいっている。


 その右のまえには田中と手代木が座し、左側に副長とおれが座している。


 坂本は、会津候と真向かいであったが、いまでは立ち上がり、ジェスチャーをまじえ、唾を飛ばしながら語っている。


 内容は、永井や春嶽候に話しているのとおなじことなのであろう。土佐弁ではあるが、じつによどみなくでてくるところなど、全国をまわって商品や企画をプレゼンしてまわっている営業マンそのものである。

 しかも、きかせてくれる。ていうか、単純にうまい。

 その話術でもって他人ひとをだます詐欺師たちをおおくみてきたが、そのどの詐欺師よりもよほどうまい。


 ああ、これは語弊があるな。もちろん、これは詐欺ではない。

 ある意味、言葉巧みに他人ひとを誑かすプロの連中よりもはるかにうまい、ということをいいたいのである。


 ゆえに、本来なら止めねばならぬ副長やおれまで、坂本の語り口調にききいってしまった次第である。

 

 現代で、政治に興味があったわけではない。本当の意味での政治のことである。

 仕事の忙しさにかまけ、選挙も不在者投票すらいかなかった。

 社会人としての常識程度にしか、興味も知識もない。


 が、坂本の話をききながら、これこそが現代の政治の基なのだと、逆にいえば、こんな時代によくこれだけの発想ができたものだと、つくづく感心してしまう。


 時間にしては、30分もなかったであろう。


 だが、おれ的には、この時間はあらゆる意味で濃厚で有益である。


 もっとも、ここにいる全員が、おなじように感じたかどうかはわかるはずもない。


 坂本は勝利の褒美を、会津候からなにかを与えられることではなく、逆に自分が会津候に与えるものとしたのである。

 

 結局、会津候は鷹揚に頷いただけである。


 その会津候の表情かおがあまりにも硬かったので、そのことが気になった。

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