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やっぱり副長は……

「つまり、副長が蝦夷ここにいるのは、いえ、蝦夷ここにやってきたのは、死ぬためだということですか?」


 平静を装い、伊庭にストレートを豪速球で投げつけた。


 すると、かれはソッコーで無言のままうなずいた。


「やはり、みなさんもそう思っているのですね」


 それから、かれは島田と蟻通にも視線を向けた。


「永倉先生と原田先生と斎藤先生も……。それから、松本先生もおっしゃっていました」

「新八さんや左之さんやはじめさんも?法眼まで……」

「副長がなにゆえ死にたがっているのか……。おれには理解できません」


 思わず、熱くなりすぎてしまった。


 声のトーンがおおきくなったのでは、とヒヤッとしつつ試合場をはさんで向こうにいる、副長たちに視線をはしらせてみた。しかし、向こうは向こうで話に夢中のようだ。


「歳さんのなかでは、勇さんを武士さむらいにしたこととその勇さんを亡くしたことで、すべてがおわってしまったのかもしれない。あの二人と総司君。三人の絆は、わたしたちが思っている以上のものだよ。もちろんそれは、BL的なものじゃない」


 うっ……。


 伊庭までBLっていってるし。


 それは兎も角、たしかに近藤局長と副長と沖田の仲は、もちろんそれはBL的ではなく、兄弟的にではあるが、兎に角三人は仲がいい。


 史実では、沖田も死ぬはずだった。


 史実での副長は、ほぼ同時期に兄と弟を亡くしたようなものだ。


 そりゃあ悲嘆もするだろう。

 テンションもモチベーションもだだ下がりになるし、将来に希望など見いだせないはずだ。


 そんな絶望のなかでなら、自分も新撰組をひっぱれるところまでひっぱって、それ以上はいろんな意味でもう終わってもいいかなって思うかもしれない。


 が、実際のところ沖田は生きている。

 すくなくとも別行動をとっていた俊冬が、沖田は丹波で元気にしているのを確認している。


 労咳は治りきっていないだろうが、史実どおりいますぐにでも死んでしまう、というようなことはないはずである。


 医療にも詳しい俊冬が太鼓判を押したのである。まず間違いない。


 だったら、副長は沖田の為にも生きようという気にはならないのか?


 それとも、すべてに疲れきってしまっているのだろうか。


「その総司も死ぬはずだった」

「かれ、労咳でしたよね」


 島田のつぶやきに、伊庭が応じた。


「京で敗れて大坂までゆき、そこから江戸へふねで逃げましたよね。史実では、沖田先生もともに江戸に逃げるはずだったのです。江戸で松本先生の知人のところで療養し、近藤局長が斬首された翌月に、近藤局長の死をしらないまま労咳で死ぬところでした。実際は、沖田先生は藤堂先生や山崎先生とともに丹波にうつり、そこで元気にされています。沖田先生が元気な姿は、たまが丹波にいって確かめています。もっともそれは、近藤局長の斬首のあとくらいのことですが。とはいえ、そこには原田先生もいらっしゃいます。原田先生は、おれたちが蝦夷で戦うことをご存知です。その後、万が一にも沖田先生になにかあれば、かならずや一報くださいます。それこそ、原田先生ご自身が伝えにいらっしゃるかもしれません」


 いっきに語ってから、ついてこれているか伊庭の相貌かおをのぞきこんだ。


 けっしてけっしてかれの相貌かおをみ、癒されたいとか堪能したいからではない。


 伊庭は、おれと視線を絡ませまくってからうなずいてくれた。


「じつは、わたしも歳さんほどではないけど、蝦夷ここに死に場所を求めてやってきたんだ」


 視線を絡ませまくりながら、かれはキスのしがいのある、もとい形のいい唇をひらけた。


「だけど、実際に自身が死ぬときかされ、しかもこの戦は降伏で終るのだと知ってから、すべてが馬鹿馬鹿しくなってしまった」


 さわやかな口調で語るかれの視線は、いまは向こう側の副長の方に向けられているようだ。


「否。強がりを申すのはやめておこう。はやい話が、死ぬと知って臆したわけだ。そうなると、死にたくないと願っている自分自身に気がついた」


 かれの視線が、こちらにもどってきた。


「それは、わたしだけではない。死ぬはずのほかの人のこともだ」


 かれの視線それが、蟻通のほうへと注がれた。


「勘吾さん、あなたはどうですか?」


 突然伊庭に話をふられたにもかかわらず、蟻通は驚きも戸惑いもなく、苦笑とともに両肩をすくめた。


「同意しておこう。わたしは天邪鬼でもあるからな。死ぬぞといわれれば生き残りたくなる」


 おっと。マジか?


 二人に「死ぬぞ」と打ち明けた際、二人ともどこか飄々としていた。だから、もしかすると生き残りたくないって思っているのかとヒヤリとした。


 もしかしたら、甲賀や野村など死ぬはずだった人がちゃんと生還しているのを目の当たりにし、心境に変化があったのかもしれない。


「大丈夫ですよ。お二人も助かります。にゃんことぼくがいるかぎり、あなたたちはぜったいに死にません」


 それまで静かにたたずんでいた俊春が断言した。


 二人にとって、これほど心強く信頼のできる言葉はないだろう。

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