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俊春の挑発

「はやく勝負をみせてください」

「そうです。勝負をみたいです」


 それから、子どもらは甘えた声でねだった。


 二人とも、グッジョブだ。


「あ、ああ、そうだな。わんこ、おれに遠慮はいらないが、ここには大勢の誠の武士さむらいがいらっしゃる。アクロバティックなことはいっさい抜きにしろ」

「遠慮はいらない?それ、マジでいっているの?」

「当然だ。おれもマジにやるし、おまえの弱点を狙ってゆくからな」


 その俊冬の挑発めいた言葉に、俊春は鼻で笑った。


「ぼくは、きみにたいして本気はだせないよ。子どものころとおなじさ。きみを傷つけたくないからね」

「なんだと?」


 ダメだ。さらに険悪になっていく。どうやら、子どもらの力でも無理っぽい。


「しっているだろう?ぼくはまだ一度たりとも自分の力をだしきったことはない。なぜなら、自分でもどうなるかわからないからだ」


 おいおい、マジかよ俊春。


 やはり、「サ〇ヤ人」とか「殺セ〇セー」レベルなのか?いや、きっとそれ以上なんだろう。


 でも、カッコいいじゃないか。


『本気をだせば、どうなるかわからない』


 酒を吞めばどうなるかわからない、とはまたちがう意味ですごカッコいい。


 って、酒とはまったく次元がちがうか。


 俊冬は、だまったままである。


 かれですら、俊春のパワーについていけないのであろうか。圧倒されてしまうのだろうか。


「ねぇ、賭けをしようよ。ぼくが勝ったら、ぼくの頼み、いや、願いを一つかなえてもらう。きみが勝ったら、きみの願いを一つかなえる。賭けにのってくれるのなら、八、九割までの力をだす」


 めずらしく、俊春は強気だし会話の主導権を握っている。


 が、どこか必死さがうかがえる。無理に話をすすめようとしている気がする。


 いったいかれは、なにをたくらんでいるんだ?


「断る」


 俊冬がソッコーで拒否った。


「なるほど。自信がないんだ。それはそうだよね。子どものころから、ぼくがちょっとマジになればやられっぱなしだったから。だったら、いいよ。なにが「眠り龍」だ。笑っちゃう」


 二人をよくしる者は、一様に驚いた表情かおになっている。


 とくに俊春は、「大丈夫なのか?」って肩をつかんで揺さぶりたいほど生意気だし挑発的である。


 かれは、もともとそういうキャラじゃない。

 ある意味、滑稽でしかない。


「なんだと?生意気な……」


 俊冬はいいかけ、そこではっとした表情かおになった。


「おれがそんな挑発にのると思ったのか?馬鹿馬鹿しい。これは、ただの余興だ。おまえが勝つのなら勝つでいい。兎に角、愉しんで剣術をやるだけだ。いいか、その「村正」に恥じぬ戦いをしろ。ミスター・ソウマの教えを忘れるな」


 俊冬はそう忠告すると市村の肩に腕をまわし、いつの間にかこちらとは反対側に移動している副長たちのもとへといってしまった。


 その背をしばしみつめていた俊春も、田村をうながしてこちらへやってきた。 


 そのかれの脚許に、相棒が駆け寄った。


 ああ、相棒のなめらかな毛は、いまや砂まみれだ。


 すぐにでも洗ってやらねば、このさき洗えるチャンスは訪れないかもしれない。


「いったい、なんだったんだ?」


 相棒のシャンプー実行を決意してから、俊春に尋ねてみた。

 

 おれの横で、島田と蟻通、伊庭がうんうんとうなずいている。


 別にどちらかを贔屓にするとかではないけど、流れで俊春を応援する形になっている。

 それは、島田らも同様であろう。


「『いったい、なんだったんだ?』」


 俊春は、おれの真似っ子で返してきた。


 島田らが「主計に激似・・だ」、とおおよろこびする。


「真似をするなよ。おれは、マジなんだから」

「ぼくだって、あんな振る舞いをするつもりなんてなかった。『ちゃんとした勝負は、これが最後かもしれない』なんていわれて、冷静でいられなくなったんだ」


 俊春は、かっこかわいい相貌かおを向こう側にいる俊冬へわずかに向け、すぐにこちらにそれをもどした。


 一瞬、田村のことが気になった。が、いまさら田村かれに向こうにいけというには不自然だろう。それに、かわいそうだ。


「ぽち、おまえがたまにかなえてもらいたい願いというのは……」


 島田が尋ねると、俊春はちいさくうなずいた。


「ほんっとに頑固でわからずやだ」


 それから、かれは口惜しそうにつぶやいた。


 伊庭も田村もキョトンとしている。


 そのキョトンとした表情かおをみながら、俊春の『かなえてもらいたい願い』についてかんがえてみた。


 いや、かんがえるまでもない。


 副長の影武者になるのをやめさせたい。


 これが、その願いであることは間違いない。


 それは、かれのものだけではない。


 島田や蟻通、もちろんおれもそうだし、ここにはいない永倉ながくら原田はらだ斎藤さいとうだってそうだ。


 近藤こんどう局長も気がついていたとしたら、同様にやめさせたいだろう。いや、近藤局長ならやめさせたはずだ。


 だれだっておなじだ。


 副長自身の死は、どうとでもごまかせる。なにせ、頸がみつかっていないのである。

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