いよいよ伊庭と……
「ふふん。もうだまされないぞ。副長の真似っ子なんかして。いくらでもいってやる。そんな恥ずかしすぎることを平気でできる副長は、いろんな意味でファックでシットだ。くそったれすぎて大笑いしたくなる」
「ならば、一生大笑いしてすごせるようにしてやろうか?」
「ぽちたま、いいかげんに……」
そのとき、瞳の下の方でなにかがちらついたような気がした。瞳だけ下方に向けてみると、懐を脅かした位置で俊冬と俊春が相棒をはさんでうんこ座りをしてこちらをみあげている。
どちらの表情も、めっちゃうれしそうだ。
そのうれしそうな表情は、なにも決勝トーナメントに勝ち残れてうれしい、というわけではなさそうである。
「ぽ、ぽちたま、おれを、おれを護ってくれるよな……?いだっ!」
途端に、副長から拳固を喰らってしまった。
まさかの本物だった。
なんだよ、もう。
あくまでも正論を述べただけだ。上司のコンプラ違反を唱えただけだ。
伊庭がめっちゃ笑いだした。
いつものごとく、すぐに伝染する。
たんこぶができたかもしれないところをさすりながら、もう一度視線を俊春へと向けた。
かれは相棒をなでながら、おれの視線に気がついて合わせてきた。
ちょっと気まずい。
回天の艦上でのやり取り後、かれの態度に変化はない。が、こっちはどうしても意識してしまう。
「その、ぽち……」
「だから、ぼくをそんな視線でみないで」
「い、いや、みていない」
「みているじゃないか」
「みていない。すくなくとも、そんな変な意味でみているわけじゃない」
「だったら、どういう意味なの?ねぇ、なぜみるの?ねぇねぇ、なぜなぜ?」
「きみは三歳児かっ?」
キレてしまった。
笑いがとまっていることに気がついた。
そこからは、いうまでもない。
全員から総スカンを喰らってしまった。
かわいい仔犬を虐げる悪徳ブリーダーのごとく、誹謗中傷にさらされた。
そして、休憩時間はおわった。
いかん。気をいれかえなければ。
いよいよ、伊庭との勝負である。
「主計、いよいよ決着をつけるときがきたよね」
「よろしくお願いします。あっでも、本当に左手首は大丈夫なんですか?」
「だからこそ、勝ちあがってこれたわけだ。ゆえに、遠慮は無用。歳さんじゃないけど、左手首を狙ってきてくれてもかまわないから」
伊庭はさわやかな笑みとともに、左掌でおれの肩をかるくたたいた。
「いえ、それはやめておきます。あなたは、左からの攻撃に対処できるよう鍛錬された。だからこそ、それだけの怪我ですんだのです。おれがそこに攻撃を仕掛けたところで、なんなくあしらわれるだけですから」
「残念。さすがだね、主計。仕掛けてもらおうと思ったのに」
伊庭は、さらに笑った。
ああ、まぶしすぎる。
雲がまたでてきて太陽を隠してしまったのに、かれは少女漫画のごとくきらきら輝きまくっている。
「受けだ!」
「受けだ!」
そのとき、左右の試合場から俊冬と俊春が同時に叫んできた。
どちらも、すでに相手と対峙している。
「うるさいっ!試合に集中しろ」
思わず、叫び返していた。
それから、伊庭と対峙した。
審判は、隊も名も流派もしらぬ将官である。
木刀をズボンの左側、ベルトにはさんだ状態で伊庭に一礼をした。もちろん、伊庭も一礼を返してくる。
この試合は、一撃必殺でいこうときめている。
この戦で、伊庭は何度も斬り合いをしている。左手首の怪我のもとになったのも、斬り合いの果てのことである。
ということは、それでなくてもレベルの高いかれである。ますます高くなっていることは確実である。
一方、おれはちがう。あいかわらず実戦の経験が乏しい。腕が鈍っているわけではないが、かといって上達しているわけでもない。
ということは、打ち合えば打ち合うほどその実力の差があらわれる。
つまり、おれは完璧に詰むわけだ。
ということは、一撃必殺の技しかない。いや、保険をかけて二合目か、せいぜい三合目までか……。
だがしかーし、いまのおれには薩摩藩の剣客たち直伝の技がある。
いやちがった。直伝ではない。別に手取り足取り教えてもらったわけではないのだから。
ぶっちゃけパクリである。とはいえ、おそらく著作権は侵害していないはずである。コピーしたとしても、違法にはならないだろう。
というわけで、その策でいくことにした。
ってかもしかして、いまのこの心のつぶやきもダダもれってことはないよな?
ああ、もうどうでもいい。
全集中だ。ヒットアニメのキャラクターのごとく、集中するんだ。
歓声がおこっているのだとしても、きこえない。
それほど集中している、と思う。
そして、木刀を正眼にかまえる伊庭の全体をみつめた。




