自害部屋
簡単な酒宴をもうけてくれるという。
それには、会津候はさすがにいらっしゃらないらしい。
だが、ほんのわずかな時間、人払いをして会ってくれるという。
坂本のあざやかまでといえる勝ちっぷりに免じて、とのことである。
これはもう、格別の上をいっているであろう。
もちろん、会津候と坂本が一対一でというわけではない。田中と、重臣の一人である手代木。それから、副長とおれ。
なにゆえか、おれというところで、おおいに驚いてしまう。
「本来なら、局長とおれ、なんだがな」
副長は、わりあてられた控え室のまえの廊下におれを呼びだし囁く。
「坂本は、なにをいいだすかわからぬ。おめぇなら、あいつのいってることがわかるであろう?まずくなったらとめてもらいてぇ」
なるほど・・・。
無言で頷く。
この時期、坂本はあらゆるところで説いていたことがある。
おそらく、会津候にもそれを説くつもりに違いない。
おれたちがわりあてられた部屋は、客間なのであろう。
そこはさすがに、寺院だけあって質素なものである。だが、そこそこの広さはある。部屋に案内されると、豪胆な永倉などは畳の上にひっくり返った。
このまま高鼾かと思いきや、局長がマジな表情と声音で諌めた。
局長は、永倉の無作法を諌めるのかと思った。が、内容はそうではない。
「新八、この部屋がなにかしっているか?」
「ああ?」
永倉は勢いよく上半身を起こし、それから部屋のうちをみまわす。
京造りのなんの変哲もない部屋である。三十畳はあるであろう。奥に隣の部屋とをへだてる襖があるが、とくになんのこしらえもないオーソドックスな襖である。床の間に、この寺の住職の手によるものか、墨絵がぶら下がっている。じつに立派な紫陽花が描かれている。繊細な筆致だ。細部までやけにリアルに描かれている。これに色でも塗れば、さらにリアルになるであろう。
文机の一つもない。あるのは、その墨絵だけである。
「そういやぁ、まえにきたとき、ここでまたされたか?」
「ああ、そうだ。間違いねぇ、ここでまたされた」
永倉がたどる記憶の糸に、原田のそれもかぶさったようである。
二人は、じつにばつが悪そうだ。
その表情を廊下から眺め、はっと思いだした。
局長の増長ぶりを諌めるため、黒谷に駆け込んだ永倉と原田ら。おそらく、そのときにこの部屋にとおされ、会津が事情を確認するのにまたされたにちがいない。
「新撰組から駆け込んだ者は、これにてまたされる。そして、つい最近これにてまたされた者たちは、またされた後、黒谷からどころか、この部屋からでてゆくことはなかった。すくなくとも、自身の二本の脚ではな・・・」
局長の説明は、永倉と原田だけでなく、斎藤も山崎も島田もぎょっとさせたようである。
みな、あらためて部屋のうちをみまわしている。
「しらせをうけ、局長と副長とわたしがここにやってきた・・・。まだ若い連中ばかりだ。むだに生命を無駄にしよった・・・」
井上が静かに告げる。
われ関せずで廊下をいったりきたりしていた坂本でさえ、あゆみをとめ、その静かな告白に耳を傾けている。
「茨木司、佐野七五三之助、富川十郎、中村五郎、四名はここで切腹したんだよ」
井上の声音に抑揚はない。
だれもが無言でそれをきいている。
それは、伊東派の若者たちである。伊東らが御陵衛士として離反したあと、斎藤とおなじようにスパイの役目をおおせつかっていたのであろう。かれらは、新撰組に残った。いや、残された。
かれらは、新撰組が幕臣となったのをきっかけに、御陵衛士に合流したいと直訴しにきた。
そして、それがかなわず、身をもって伊東への忠誠を示した。
切腹、という方法で・・・。
「おまたせいたしました。わが殿がおまちでございます」
そのとき、さきほどの案内の小者とは違う、紋付袴姿の武士がやってきた。
ひょろっとした長身は、ずんぐりむっくりした会津藩士のなかにあってはめずらしい体型である。
それが手代木であることを、おれはあとでしる。
そして、かれがある人物の実兄であるということも。