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帰港からのオフ会

「いたたたたた」


 夜露にしめった甲板で上半身を起こしたときには、おれをふっ飛ばした副長の姿はどこにもなかった。


 そして、このとんでもない悪戯をやってのけた張本人の姿も。


 なんかごまかされた感がぱねぇ。


 驚かされて逃げてしまった副長にたいしては、ざまぁって感じが、もとい気の毒で気の毒で同情してしまう。


 それこそ、目尻に涙が浮かぶほどに……。



 その後、独り取り残された甲板で、柵の手すりに頬杖をついて海上をみつめた。


 いろんな意味で、衝撃的すぎた。


 このあと、俊春と相貌かおをあわせるのが気まずくてならない。


 いったい、かれになんていったらいいんだ?


 そんな会話など、なにもなかったかのようにふるまえばいいのか?

 それとも、ただやさしく微笑むのがいいのか?


 いや、いっそのことお笑い路線でいったほうがいいのか?


 そのほうが、おれらしくっていいかもしれない。


 ってか、おれらしくって……。


 おれってば、いったいどういうキャラなんだ?

 自分でいっておきながら、情けなくなってくる。


 そのとき、見張りが甲板を慌ただしく駆けていった。


 きっと、蟠竜をみつけたんだ。


 なにはともあれ、世界的にみても稀有な海戦である「宮古湾海戦」は、おれたちが敗れた。


 しかし、助かった生命いのちがある。


 よかった。誠によかった。


 蟠竜の艦影が海上に浮かびあがるまで、暗い海をみつめつづけていた。



 宮古湾で戦った翌日の夕方、回天と蟠竜は蝦夷に帰還した。


 蟠竜を発見して合流するまえ、艦長の甲賀が倒れた。


 かれは、宮古湾での戦いで被弾した。士気にかかわるためにひた隠しにしていたが、無事に帰還できると荒井が判断した後、回天の全乗務員にしらされたのである。


 もちろんこれは、甲賀が回天をおりて戦線から離脱するための嘘であることはいうまでもない。


 出航したときと同様、帰還したときにも大勢の将兵が集まり、出迎えてくれた。


 そんななか、甲賀が担架で運ばれていった。


 回天には軍医がいない。

 

 じつは今回、副長がこっそり手配し、軍医は蟠竜に乗船させたのだ。


 ほんとうに急病人や怪我人がでた場合、俊冬と俊春が対処できる。


 それよりも、軍医がいれば甲賀も重傷を装いにくい。


 すべての筋書きが、出航するまでに準備されていた。


 そして、それをうまく活用したのである。


 甲賀は、箱館病院に入院することになるだろう。


 そのあとのことは、荒井がうまくやるにちがいない。



 集まってくれた人たちは、ものすごく歓待してくれた。


 いや、負けちゃたし、甲鉄は奪えなかったし、高雄は拿捕され、その乗組員は降伏したし、なに一つ益をもたらせていないんですけど……。


 誠に、恐縮しきりである。


 とはいえ、真実をしる、というよりかは史実をしる者たちにとっては、甲賀と野村とほか数名の生命いのちが助かっただけでも、儲けものだし誇ってもいい結果である。

 

 もっとも、俊春の「青年の主張」は別にして、であるが。


 だが、史実をしらぬおおくの関係者は、こんな負け戦を演じたおれたちが無事にもどってきただけでよかったらしい。


 総裁の榎本や陸軍奉行の大鳥さ箱館政権のVIPたちも、おおいによろこび満足気であった。


 もっとも、負け戦を悲嘆したり責任を追及したりすれば、今後の士気にかかわるという大人な事情もあるんだろう。


 そんな大人な事情は別にして、新撰組おれたちは港からそうそうに撤収し、称名寺へかえった。


 副長もいっしょである。


 本来なら、戦の報告などがあるのであるが、荒井が引き受けてくれるという。


 それから、なんとなんと伊庭もいっしょである。


「あああああ?八郎、おまえの居場所は新撰組ここじゃなかろう?」

「いやだな、歳さん。そんな意地悪をいわないでくださいよ。新撰組ここのほうが、居心地がいいんです。だって、飯はうまいし面白いですからね」


 伊庭は、意地悪で思いやりのない副長の嫌味もなんのその、かがやくような笑みとともにしれっと反撃した。


「まぁ、たしかにどちらもそのとおりだがな。人見さんに気をつかっちまうよ」

「いいんですよ。人見さんだって新撰組こっちにきたいんですから」

「馬鹿なことを……」


 副長は苦笑している。


 とりあえずは、伊庭はおれのことを、ちがった、新撰組うちのことをずいぶんと気に入ってくれているようだ。


 というわけで、みんなそろって称名寺へともどったわけである。


 あっ、みんなじゃなかった。


 安富だけは、愛するお馬さんたちに一目散に会いにいってしまった。


 そのいれかわりに、久吉と沢、それから子どもらが称名寺にやってきた。


 慌ただしいなかではあるが、榎本からさし入れてもらった食材をつかい、俊冬と俊春が中心になって夕食をつくった。


 底なしの体力をもち、つかれという言葉をしらぬ二人は、小一時間のうちにウニやら魚やらをとってきた。


 それらをつかい、寿司を握ってくれたのである。


 榎本の差し入れというのが、白米と酒だったわけである。

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