史実と現実ではちがってる?
「いや、その、ぽちの「男を惹きつけるなにか」にさ。たしかに、かれにはときどきキュンとくることがあるから」
「へー。きみはてっきりタメか年上の男性が好みかと思っていたよ」
「いや、ちょっとまて。いまのだと、おれが完璧BL前提じゃないか」
「ごめん。衆道だったよね」
「そうだよ、衆道だよ。ってまたひっかけたな?」
ったく俊冬のやつ、どうしてもおれをそっち系にしたがるんだな。
「ったく、そういう愛じゃないっていっているだろう?尊敬だよ、尊敬。もっとも、副長の場合は実際に付き合ってみて『なんか史実とかなりちがうかも?』って思っているけど」
「主計っ!いまのはいったいどういう意味だ、この野郎っ」
「副長、『なんか史実とかなりちがっていてかなりBLチックじゃないか。尊敬が愛にかわってしまった。この気持ちをどう処理すればいいんだ』っていう意味ですよ」
俊冬がフォローしてくれた。
ってか、まったく異なる理解を副長に押し付けた。
「な、なにいいいっ?不愉快すぎる。ぽちならいざしらず、主計にかように思われるだけでも反吐がでそうだ」
「ふ、副長、ひどすぎます。おれの愛は、ってか、ちがいます。たまっ、いいかげんなことをいうなよ。いや、それどころかまったくの捏造じゃないか」
「ごめん。副長じゃなかったよね。八郎君にたいして、だよね」
「そこもちがうっ」
「あ、そうか。あらたな甲賀先生だったね」
「それもちがうううううっ!」
またしても大興奮状態である。
「ちがうったらちがうっ!断然ちがう。おれはノーマルだし、そっちだって女性としか、女性としか……」
「女性としかしたくないけど、実際はしたことないんだ。きみ、童貞なんだ」
「ちょっ……。そうじゃない。童貞じゃない」
ダメだ。俊冬に勝てる気がまったくしない。
「副長、あなたの息子でしょう?おれの繊細で超プライベートなことを暴露、じゃなくってあることないことペラペラしゃべくりまくって。どうにかしてくださいよ」
「童貞ってなんだ?」
おれの心からの願いも、副長にはちっとも届かないらしい。
「主計は、女性と一度もやったことがないというわけです」
「なんだと?では、まだ半人前か。否、半人前ですらないな」
俊冬の説明に、イケメンはなにゆえかおおよろこびしはじめた。
そうか。童貞って言葉は、この時代まだつかわれていないんだ。
たしか、もともとはカトリックの修道女のことを意味するんだったか?
いまよりすこし後、設立される学校の名前や小説で使用例がみられはじめるはずだ。
ってか、そんな蘊蓄はどうでもいい。ってかなにゆえおれは、そんな蘊蓄をしっているんだ?
「だから、ちがいますってば。一応、経験はあります」
最後の方はかぎりなくちいさな声になってしまった。
こんなこと、こっぱずかしくて語るようなことではない。
だがしかーし、おれの男としての名誉を護るため、恥を忍んで告げるしかなかったのである。
「ふーん」
「ふーん」
イケメンとイケメンのそっくりさんが、同時にいってから鼻を鳴らした。
その表情があまりにも似すぎているので、思わずみとれてしまった。
「もうっ、主計ったら。あたしまで好きになったらダ・メ・よ」
俊冬は唇に人差し指をあて、それをおれの唇にあててきた。
うわっ!間接キッスだ。
なんてこった。これは、ひさしぶりのおねぇこと伊東甲子太郎の真似っ子である。
俊冬は、おねぇの影武者を務めたことがある。
あれは、冗談抜きで本人以上に本人だった。
「油小路事件」は、新撰組が伊東を暗殺したとして有名な事件である。
そのせいで、戦後おれは暗殺の嫌疑をかけられて島流しにあうし、大石は処刑される。
それは兎も角、じつは伊東は生きている。
俊冬が影武者になり、大石らに斬られたふりをしたのだ。
そのときの暗殺シーンは、じつにドラマチックであった。
そのおねぇの物真似でいわれてしまった。
反射的に、副長が身をひいたのが草すぎる。
おねぇは副長を愛しすぎていて、そのアプローチが超絶強烈すぎたからである。
「やめてくれよ。そんなことをやっていたら、本人がどっかからわいてでてくるかもしれないぞ」
「あっ、それあるかも。たとえば、海のなかから海神、いや、女神のごとくあらわれるとか、甲板に描いた魔法陣からあらわれるとか。いやいや、生霊となってあらわれるってのもアリかもね」
おれのジョークに、俊冬はどんどん話をふくらませてゆく。
しかも、生霊?
「生霊?」
副長が頓狂な声をあげた。
そっち系が苦手な副長らしく、『生霊』ってところにだけ反応したんだろう。
「生きた霊が憑りつくことです」
「いや、それは副長もおれもしってるって。そこじゃないだろう?」
副長の頓狂な声にあまりにも冷静に応じた俊冬に、思わずツッコんでしまった。
「あ、副長の右肩におねぇがのっかっている」
「ぎやああああああああっ!」
「あべぶっ!」
絶叫とともに、副長が体当たりしてきた。
あまりにも突然のことである。
このおれに、その体当たりを華麗にかわしたり、すばやくよけるという神対応ができるわけもない。
『北斗○拳』の雑魚キャラのごとく、無様きわまりないがふっ飛んでしまった。




