どうしていいのかわからない
「いいや、俊春。この際、副長とハジメ君にはきいてもらうべきだ。胸くそが悪くなるほど不愉快な話だがな。おれは兎も角、おまえはいろんなことが不自然すぎる。ハジメ君があることないこと妄想しすぎていて、おまえはとんでもない存在になりつつある」
「ちょっ……」
俊冬に反論しかけてやめた。
たしかに、かれのいうとおりだ。
「『味方には指一本ふれるな』。この命令が、おれたちを縛りつけた。どんな類の虐待、いや、暴力を受けようと、おれたちは反抗ができなかった。どれだけ憎く思っても、ぶちのめしてやりたいって願ってもだ。それだけの力はあるのに、おれたち、いや、おれにはなにもできなかった」
俊冬は、副長似の相貌を海の方へと向けた。両方の拳は、血がでてしまうような勢いで握りしめられている。
寛永寺で、かれは俊春におおいかぶさるようにして泣いていた。
『ごめんな……。ごめんな。もう二度と、もう二度と傷つけさせない。だれにも、おまえを傷つけさせない』
かれは、そういっていた。
その場にいた副長と永倉、原田と斎藤とおれは、それを呆然としたままみつめるしかなかった。
推測以上の悲惨きわまりないかれらの過去に、どうしていいのか、どう反応していいのかわからない自分がいる。
副長をみると、柵に背中をあずけ、きれいな指を額にあてて頭を抱えている。
瞼を閉じ、副長は俊冬の話をきいている。
まさか、俊冬の話を子守唄がわりに眠っているっていうことはないだろうな?
そして、俊春はまたうなだれている。
かれがさらに幼くみえてしまう。
人間を傷つける、ということができないかれのことだ。そんな理不尽な命令の有無にかかわらず、自分を傷つけ凌辱する人間に抵抗することはなかったかもしれない。
性的虐待、暴力による虐待、いろんな虐待があるが、そのおおくの被害者同様、「自分が悪いんだ」とか「自分が我慢すればいいんだ」と自己否定をしたり諦観したり逃避したりしたのであろう。
「こいつは、その強烈なトラウマで自分からはできない。本当の意味で愛し、愛されての行為をしらないから、こいつにとって行為自体が恐怖でしかない。そんな状態で「たつ」わけがない。一生涯つきまとう。なくなるどころか、薄れることもない」
俊冬は、そこで言葉をとめた。
正直、なにもいえない。
俊春にとっては、同情や憐憫は迷惑なだけかもしれない。
かれは、そんなものは必要としてないないだろうから。
それでも、かれをただ抱きしめてやりたい。言葉ではなく、やさしく抱きしめたい。
だが、それすらかれにとっては恐怖だろう。
その衝動をおさえこまなければならない。
俊春は、それを感じたようだ。
わずかに視線だけあげ、おれと合わせた。
涙こそ流してはいないものの、その瞳が深く濃く、底なしの暗さをたたえている気がする。
暴いてはならぬ過去を詮索し、ムダに掘り起こしてしまった。
地雷を踏んでしまった。
かれに責められているわけではないのに、無性に自分が恥ずかしくなってしまった。
そこまでとは想像はしなかった。しかし、性的虐待の経験があると気がついていたにもかかわらず、かれをからかったりした。
驚異的な力は別にしても、俊春はおれより年少で、ある意味では子どもより純粋だ。
しらずしらずのうちに、かれを傷つけてしまっているだろう。怖がらせてしまっただろう。
ダメだ。なにもしてやれない。なにかしてやりたいし力になってやりたいけど、どうしていいかわからない。
そのとき、かれが視線をそらした。
かれはいたたまれない様子でしゃがむと、そこいらに散らばっている銃やクロスボウを拾った。
それから立ち上がり、いまだ柵にもたれて瞼を閉じたままの副長に一礼した。
胸元に抱える何丁かの銃が、ガチャガチャと耳障りな音を立てた。
そして、かれはさっと身を翻すと船倉へとつづくドアのほうへと駆けていってしまった。
相棒がおれを見上げた。かすかにうなずくと、すぐに俊春のあとを追って駆けていった。
「おれはまだ生意気で、キレるとなにをしでかすかわからない雰囲気があった。だから、掘られることはなかった」
俊冬は、その俊春の背を見送ってから口をひらいた。
「あいつはちがう。子どものころから気弱でやさしく従順だった。少女っぽい雰囲気が、犯す連中にとってはたまらないんだろう。馬鹿なあいつは、連中の「SDには指一本ふれない。傷つけない」という口約束を信じ、掘らせたんだ。そんなこと、連中が護るわけはないのに」
俊冬は、つぶやきつつ自分のシャツをみおろした。
かれの体の傷は、俊春との訓練や試練っぽいものだけでついたものではないのだ。
かれ自身は、暴力を振るわれたのだろう。
ちなみに、SDというのは俊冬のコードネーム「Sleeping Dragon」の略である。
それは兎も角、そのとき、副長が瞼を開いて柵から背中をはなした。




