ロシアンルーレットからの真実
「弾丸は、四個だけいれている」
ってか、副長はまだおれに銃口を向けている。
しかも、ロシアンルーレット的なことをいいだした。
「だーかーらー副長、謝りますって。すみませんでした。弾丸が四個なら、二発に一発があたりってことになります。ということは、完璧おれがあたるにきまっています。おれは、こういうことにかけてはすっごくひきが強いんです。ロシアンルーレットをしたことはありませんが、一番最初にやらせてもらっていきなり「ぼんっ!」って脳みそをふっ飛ばすのがおれです。だから、副長の勝ちです」
とりあえず、いっきにまくし立てた。
ロシアンルーレットをだれに吹き込まれたかはしらないが、ってかだれが吹き込んだのかは容易に予想はつくが、兎に角、カッコつけしいの副長がカッコつけてやりたがるこんなデンジャラスなゲームにつき合うほど、おれは暇ではない。ついでに、ギャンブラーじゃない。
「この野郎……。わかった。全部撃ってやる」
「全部撃つ?それなら、弾丸を四個だけにする意味ないですよね?」
思わずツッコんでしまった。
まさしく、生命をかけたツッコミである。
「わんこは、子どものころに性的虐待をうけつづけたんです」
副長とのコントなどどこかとおくの出来事かのように、突如俊冬が打ち明けた。
さすがは「わが道を大爆走中」の俊冬である。
それは兎も角、「性的虐待」にソッコーで反応したのはおれだけである。
この時代にはなじみのない言葉である。
副長は、ピンとこなかったらしい。
「戦場で、味方の傭兵どもに掘られまくったんです」
俊冬はいいなおした。
いまのは副長にもわかったらしい。副長がはっとした表情になったと同時に、俊春の襟首から掌がはなれた。
「アメリカ人やイギリス人、フランス人、ドイツ人。連中はこいつを「リトルガール」と呼び、昼夜関係なく性的に暴行をしつづけた」
そうだろうとは思っていた。
江戸の寛永寺で、キレた副長に迫られたとき、俊春は哀れなほど怖がった。その怖がり方は、まるでおさない子どものようだった。
だが、そこまでのことだったとは……。
「トラウマは、いまだにこいつを苦しめている」
俊春は、うつむいている。このまま消えてしまうんじゃないかというほど、悲しそうにしょげている。
相棒が、その脚許に寄り添った。
「だから先日、フランス軍士官たちをぶちのめすのをきみがやろうとしたわけか?」
最初、ニコールらにマウントをとろうとしたのは俊冬であった。それを、俊春が「大丈夫。できるから」といってぶちのめしたのである。
フランス人そのものに抵抗があるのである。軍人だから、というのもおおきいのかもしれない。
「こいつは、つねにはかりしれない恐怖を抱き、不安におしつぶされている。さいわいなことに、傭兵どものなかに日本人はいなかった。だから、まだ新撰組にいることはかろうじて耐えられる」
「ゆえに、夜はつねにどこかにいっているのか?おれたちとおなじ屋根の下にいるのが耐えられぬから」
副長が尋ねると、俊冬はちいさくうなずいた。
「鍛錬をするということもありますが……」
「そんなトラウマを抱えていて、その、おねぇとか将軍とかに?」
抱かれていた、というのか?
言葉にすることはできなかった。
おねぇこと伊東甲子太郎、それから最後の将軍である徳川慶喜のお気に入りとして、俊春は幾度か閨をともにしていた。
「そうだよ。寛永寺で副長や永倉先生に問われて答えたとおりさ。おれがそうするよう命じた」
俊冬がいったとおり、寛永寺で将軍に抱かれているという事実につきあたったときである。副長と永倉が、俊冬にそうするよう命じたのか、と尋ねた。
そのとき、俊冬は自分が命じたと答えた。
だが、おれはそれを信じるつもりはない。俊春は、みずからの意志で抱かれたのだ。
その証拠に、いまも俊春はうつむいたまま相貌を左右にちいさく振り、俊冬のいったことを否定している。
「あらゆる目的を達成するのに、相手に暴力をふるうより相手の性欲をそそり、満たすほうがはやく簡単にことが運びます。あの二人だけではありません。これは、もとの場所にいたときからやっていたことです」
だとすれば、俊春の精神は強いということになるのか?
いや、逆かもしれない。
ぼろぼろになっていて、麻痺してしまっているのかもしれない。
「だから……」
「もうやめて、俊冬。こんな話、きかされたって不愉快なだけだよ」
俊冬がいいかけたところに、俊春がさえぎった。
かっこかわいい相貌をあげ、必死に毅然とした態度をとろうとしている。
それが、ひしひしと感じられる。




