ウケとウケ
「副長、みてください。みんな、受けと受けがやったらどっちが受けなんだろうって予想をしているみたいですよ」
「ちょっ……。たま、きみはなにをいっているんだっ!」
いつの間にか俊冬も立ち上がっていて、副長の向こう側にいた。いるのはいい。問題なのは、副長にとんでもないことを耳打ちしたことである。
いや、耳打ちをよそおってはいるものの、これみよがしに大声でいったのだ。
体ごとかれに向き直り、弾劾したくもなる。
「副長は、どう思われます?」
が、かれはきいちゃいない。
さすがは、「わが道をひたすら爆走しまくる男」である。
「そうだなぁ……」
副長はきれいな指先を顎にあて、俊春とおれを値踏みしはじめた。
「って、副長まで。そんな推測はしないでください。そもそも、おれは受けじゃありませ……」
「じゃあ、八郎君とするときは?」
「そりゃあ、受けかな?って、なにをいわせるんだ、たまーーーーっ!」
ダメだ。脳の血管が二、三本切れてしまうかもしれない。
いろんな意味でクラクラしている。
いや、伊庭とのことではない。そういう意味のクラクラではない。
「やかましくてすまぬ。主計は、どうもたまりまくっているようでな。新撰組は、たたぬ奴やたまりまくっている奴がいたりなんかして、大変なんだ」
副長が、こちらに注目している兵卒たちに謝罪した。
「たまりまくっていませんっ!」
ダメだ。いろんな意味で詰みまくっている。
兵卒たちは、おれに意味ありげな視線を向けてからそれぞれの用事にもどっていった。
ダメだ。血気盛んな受けだって勘違いされている。
「おおっと、まてまて」
その瞬間、副長がおれの横をすり抜けた。
「主計を囮にし、おれの目をごまかそうたってそうはいかぬぞ」
なんと、俊春がドロンしようとしていたらしい。
かれらのいつもの策である。
都合の悪い話題になると、おれをだしにするのである。みんなの注目をおれに集めさせ、ドロンしたり話題そのものをうやむやに葬り去ってしまうのだ。
副長にシャツの襟首をつかまれている俊春は、「借りてきた猫」ならぬ「飼い主にいたずらをみつかった仔犬」、みたいになっている。
まあ、かれもマジでドロンするつもりはなかったんだろう。
マジでドロンするつもりなら、とろくっさい副長につかまえられるわけがない。
「なんだと、この野郎っ!おれのことがいえるのか、ええっ?」
俊春の襟首をつかんだまま、副長はもう片方の掌でおれの肩をどやしてきた。
すばやく上半身をのけぞらせ、それをかわした。
「かわすんじゃないっ!」
すると、むちゃぶりをいわれてしまった。
「かわすんじゃないって、肩の骨が折れたりはずれたりしたらどうするんです?ってか、副長に人間の骨を折るような力ははいか。はははっ」
そうだった。
この副長に、拳で人間の骨を折る力があるわけはない。それこそ、指の骨を折ることもできないだろう。それどころか、自分の指の骨が折れるっていうオチになるにきまっている。
「主計ーーーっ!」
刹那、副長は俊冬と俊春メイドのホルスターから銃を器用に抜くと、その銃口をおれの額にぴたりと合わせた。
「この距離だ。このおれでもはずすことはない」
「ちょちょちょっ……。危ないですって。こういう悪ふざけで誤って発砲したり暴発してしまったりして、死人や怪我人がでることってあるあるなんです。危険すぎますから、兎に角銃をしまってください」
「なるほどな。誤って発砲したり暴発があるあるか。なら、いまここでそれが起ったとしてもあるあるなわけだ。『事故でした。拳銃を点検中に勝手に発射されてしまい、運悪くすぐ横にいた相馬主計にあたってしまいました。主計は、この戦で大手柄を立てるってはりきっていたのに……。誠に、惜しい男を亡くしたもんです』って榎本さんにいいわけできるってもんだな」
「そ、そんなぁ……。謝ります。許してください。ってかぽちたま、いまじゃないか。いまがそのときだ。親父が空からみているぞ。いまここで上司の理不尽すぎるパワハラからおれを護ってくれ。そうしたら、この頭上の空で親父が感心してくれる。ゆえにこのとおり、頼むよ」
だれかさんの究極のパワハラっていうか、ぶっちゃけ殺人に対抗するため、おれは最終スキル『親父パワー』を発動した。
しかも、拝みたおすというおまけ付きである。
これで俊冬と俊春は、アメコミのヒーローのごとくおれを助けてくれる、はずである。
「ヒロイン?ということは、きみはやっぱり受けなんじゃないか」
俊春は、副長にシャツの襟首をつかまれたまま断言した。
「ってか、まだおれを受けにするのか?いいかげん、そこからはなれろ。もう飽きたよ」
だから、遠まわしにお願いしてみた。




