ぼくは、ぼくは〇〇なんです
「主計、やかましい。すこしは口をとじていられぬのか」
「って副長、おれはなにも口からだしていませんよ。それこそ、ぐうの音も発していません。ついでに、臭い息だってもらしていません」
「心の声が、口からだだもれなんだよ」
「しりませんよ。だだもれ、だだもれって、もらしいてるつもりはまったくありません」
「つもりはなくっても、実際もれまくっているんだよ」
「はあああああ?じゃあ、どうすればいいんですか……」
「ぼくは、ぼくは受けなんです」
おれがとおまわしに丁寧に間接的にやさしげでひかえめな言葉でもって、副長の非をただそうとしているというのに……。
俊春が、そこにかぶせて叫んだ。
はじかれたように、副長と同時にかれをみてしまった。
甲板上に設置してあるカンテラには、必要最低限しか灯は灯されてはいない。ほとんど雲のなくなっている夜空に瞬く星々のほうが、その灯火よりよほど明るく感じられる。
俊春は、銃を膝頭のまえに置いて胡坐をかいている。その太腿の上には、握り拳がつくられている。華奢な体をわずかに震わせうつむいているかれの相貌は、ささやかな星明りの下でも真っ赤に染まっているのがわかる。
『ぼくは、ぼくは受けなんです』
いや、俊春。きみは、いったいなにをいいだすんだ?
きみに『ぼくは、ぼくは攻めなんです』ってカミングアウトされることのほうが、よほど驚いたにちがいない。
正直、きみの攻めなんてまったく想像がつかない。
イメージのかけらも浮かばないんだが。
いや、そこじゃない。おれってば、そこじゃないぞ。
いったい、いまのはなんなんだったんだ?
いまさらの「受け」宣言?
いったいなんのために、いまこのタイミングでカミングアウトをするんだ?
「ってなにをいいだすんだ、ぽち?」
当然のことではあるが、副長も受け攻めについては知っている。
さすがの副長も、俊春の突然の「受け」宣言に困惑を隠しきれないようである。
「あの、その、ぼくは、ぼくは……」
握りしめられていたはずの拳は、いまは指が絡み合っている。それがまた、もじもじ感を醸しだしまくっている。
もじもじしまくっているその様子に、思わずキュンときてしまった。
「い、いや。ぽ、ぽち、お、落ち着け。す、すまぬ。おれはただ、ただ、おまえにもっとだな……」
副長は、めっちゃかみかみである。
動揺しまくっているその様子に、ざまぁって思ってしまった。
「なんだと、この大馬鹿野郎っ!」
いつの間にか、副長との距離がせばまっていた。っていうか、間を詰められていた。
しかも大馬鹿野郎呼ばわりされたばかりか、頭に拳固を喰らってしまった。
「落ち着けよ、ぽち。きみが受けってことはだれだってわかっている」
いったい、こんなところでなんの話をしているんだ?
俊春をなだめながら、不毛な気がして仕方がない。
「どうして?」
「『どうして?』だって?どうしてって、きみはどこをどうみても受けだろう?たまなら兎も角、きみが攻めなんてこと、地球が丸くなくって平らだっていうこと以上にありえないよ」
「だから、どうして?いったい、なんなの?」
かれは、やたらムキになっている。
これがあの「狂い犬」なのか?
めっちゃ強くてクールな最強最高の戦士なのか?
「だから、『どうして?』とか『なんなの?』って、おれにきくなよ」
「だったらきみは?きみだって受けだろう?ぼくのこといえないよね?」
かれはかっこかわいい相貌を真っ赤にし、こともあろうにおれを自分の仲間認定してきた。
っておれってば、そんな風にみえるのか?感じられるのか?
「ちょっとまてよ。なにもおれをひきあいにだす必要なんてないじゃないか。ぽち、いまはきみのことについて話をしているんだぞ」
ショックを悟られぬよう、かれに思いださせてやった。
「逃げるわけ?きみは現実から目をそらし、逃避するわけ?」
「な、なにをいっている。逃げてなんかいない。おれのことを話しているのではないっていっているだけだ」
思わず、怒鳴ってしまった。
「逆ギレしないでよ」
俊春は、胡坐の姿勢のまま立ち上がった。
ってか、なんて器用な立ち上がりかたなんだ。まるで、「中国雑〇団」みたいである。
「逆ギレなんかしていない。だから、おれのことを話しているわけじゃないだろう?きみ自身の話しなんだ。おれを巻き込むなっていっているだけだ」
興奮しまくりだ。興奮しすぎで、肩で息をしてしまっている。
甲板にいる兵卒たちがこちらに注目し、なにやらひそひそ話をしていることに気がついた。




