表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

111/1255

龍馬対「鬼の官兵衛」

 北辰一刀流の鶺鴒の構え・・・。

 

 構えは、たいていは正眼である。

 柄頭を丹田から拳一個分あけたところに固定し、剣先は対峙する相手の眉間に合わせる。


 北辰一刀流は、それを星眼という。その独特の構えは、剣先がゆらゆらとゆらめいている。

 名の由来である鶺鴒の尾のように、ゆれるのである。


 ボクシングも、拳をゆらゆらとさせることがある。おなじ意味なのであろう。


 斬撃のタイミングを、はかっているわけである。


 おれは正眼なので、どちらがどうとはいえない。隊士のなかに遣う者はいるが、稽古をするかぎりでは、とくにやりやすいやりにくいということはない。


 初心者や癖のある者だと、定まらずに揺れていることがある。腕の立つ者でも、相手のせんを誘ったり、あるいはせんをとるのをよまれない為にゆらす場合がある。


 ちなみに、本物の鶺鴒が尾を振るのは、尾をたたんで二足歩行するとき、バランスをとっているのだという。


 だが、これはちがう。いや、バランスのところではない。剣先をゆらすことそのものの意義についてである。


 ある意味、これほど衝撃的なことはない。


 まるで催眠術のようである。

 五十円玉や五円玉を糸で通してそれをゆっくり左右に振るという、そういうイメージである。


 ゆっくりと右に左に振られるそれは、鶺鴒が尾を小刻みに振るのとはまったく異なる。


 対峙する佐川は、正眼に構えている。その構えもまた、威圧感がある。さほどおおきくない佐川が、やたらとおおきくみえる。

 おれだったら、この威圧感に圧倒されたかもしれない。いや、絶対にびびるだろう。


 佐川のが、剣先を追っている。二十メートルははなれているだろうが、なにゆえかそれがわかる。

 坂本の剣先を、追わせられているのかもしれない。

 それが催眠効果になっているのか、あるいは、それによって催眠効果が施されているのか・・・。


 しかも、まったく隙がない。厳密には隙が、というよりかはなにもない。まったくの無、なにも感じられない。

 そこに剣先だけが浮かんでいて、それがゆっくりと左右にゆれているような、そんな感覚である。


 微動だにしない佐川。


 いまここにある動きは、坂本のその剣先だけである。


 佐川の額から右頬へと、汗が流れ落ちてゆく。そして、左頬にも。


 こちらに背を向けている為、坂本の表情はわからない。


 まじめな表情ものか、それともへらへらかにこにこか、なんらかの笑みを浮かべているのか?


 そのとき、佐川が相貌かおを左右に軽く振った。同時に、気合の叫びを発する。間髪入れず、遠間の位置からおおきく踏み込んだ。踏み込みと、正眼から振りかぶった上段からの片掌斬りが同時である。


 背の高い坂本には一足一刀の間合いも、背の高くない佐川にとってはまだそれの外になる。片腕を伸ばしきらないと、坂本まで届かない。


 が、佐川の攻撃はそれだけではなかった。というよりかは、その攻撃は囮だ。


 佐川の左脚が右脚をこえ、坂本に間合いを詰めていた。左掌一本の斬り下げは、いまや左側面、坂本の肩あたりで急停止し、そのまま直角に薙ぎ払われた。

 並みの剣士であったら、このコンビネーション攻撃を防ぎきれず、右肩を強打され骨折するかもしれない。


 やはり、佐川はすごい。会津を代表する剣士だけはある。


 あの夜のゲロの男と同一人物とはとても思えない・・・。


 だが、相手も並の剣士ではない。


 坂本はよんでいた。よんでいないと、この攻撃をかわしながら反撃などできやしない、とおれは思う。


 坂本は、星眼から右掌一本に木刀をもち直し、それを直角に立てた。強烈な横からの撫で斬りを、それで受け止める。


「がつんっ!」

 木刀同士がぶつかる音が響く。


 そこからが曖昧だ。おれごときのでは、ついてゆけない。


 坂本は、佐川の撫で斬りを受け止め、そのまま右の手首をかえしたのであろうか?

 佐川は、それが渾身の一撃だったに違いない。受け止められるとも、ましてや払われることなど、想定していなかったのだろう。佐川は、木刀ごとまえのめりになってしまう。


 坂本は、一瞬にして左斜めうしろへと飛んだ。懐にいる佐川と間をあける為である。


 飛びながら、左の掌が木刀の柄に添えられる。着地するまでに、それは繰りだされていた。

「かつんっ!」

 さきほどより軽く、小気味よい音だ。


 佐川の木刀がそのもち主の掌から離れ、宙を舞う。


 木刀を舞わせた剣先は、佐川の喉元紙一重の位置でぴたりと止められている。


 起こったことをスローモーションでみているかのように述べたが、これらは瞬きする間に起こったことである。

 かさねていうが、おれにはすべてみえなかった。ゆえに、想像の部分もある。

 こんなことであろう、という推測である。


「まいった・・・」

 つづいて「からん」、という音。


 佐川の敗北宣言と、かれの木刀が地に落ちたのは、ほぼ同時である。


 大将戦も勝った。


 会津藩との非公式の試合は、新撰組われわれの完勝に終わった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ